新着記事

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ

サラエヴォ市民の命をつないだ「希望のトンネル」|ボスニア・ヘルツェゴヴィナ民族紛争を振り返る

美味しいものを美味しく食べたい|味覚障害と唾液の深い関係(前編)

味覚障害はなぜおこる?|味覚障害と唾液の深い関係

【ビジネスの極意】できる人のフリをする迷惑な人たち

【ビジネスの極意】できる人のフリをする迷惑な人たち

クールビズでもノータイはちょっと…という人にリンクルカラーを推す理由

世界中からプレスやソムリエなどが集まり、現在のシャンパーニュの最新の流れや傾向を知るため試飲を繰り返す。

小さな農家の生産者が造るオリジナルのシャンパーニュ|シャンパンの新潮流を味わう(フランス・ランス)

姫路城

「日本の城」ランキング|名古屋城、松江城、犬山城が躍進!

中高年のセカンドライフに関する意識調査

【私の理想のセカンドライフ】女性は「時間を気にせずゆっくりすごしたい」

プロっぽい純銅製の玉子焼きで玉子焼き職人を目指すのだ!

『チャーリー・パーカー・オン・ダイアル完全盤』(ダイアル)

マイケル・ジャクソンも歌ったジャズ名曲「オール・ザ・シングス・ユー・アー」の秘密|【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道7】

『首都圏「道の駅」 ぶらり半日旅』

1000駅走破した達人が推奨する「道の駅めぐり」という愉しみ|『首都圏「道の駅」 ぶらり半日旅』

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号

シニア住宅特集アンケート実施中です!

別冊付録「大人の逸品カタログ」商品はこちらから

ピックアップ記事

  1. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

親の終の棲家をどう選ぶ?| 90歳の母の決断~生まれ育った四国から東京の老人ホームへ~

取材・文/坂口鈴香

終の棲家はどう選ぶ? 90歳の決断~生まれ育った四国から東京のホームに

この年末年始、ふるさとに帰省して、久しぶりに親の顔を見るという読者もいるだろう。今は元気でも、これからの親の生活に不安を抱いている人も少なくないのではないだろうか。

離れて暮らしていた高齢の親を、子どもの住まいやその近くに呼び寄せたという話はよく聞く。一方で、親を呼び寄せたいけれど、親が慣れない土地に移ることに納得してくれないだろうと、呼び寄せを言い出せないでいる人もいる。

呼び寄せに成功した人はどういうふうに話を切り出し、住み替えまでどんな経緯をたどったのだろうか。四国から娘の暮らす東京に移る決断した末永さん親子のケースをご紹介しよう。

末永サヨさんと娘 葉子さんのこれまで

末永サヨさん(仮名・93)は、50代で夫を亡くして以来、四国で独り暮らしをしてきた。一人娘の葉子さん(仮名・65)は、大学進学と同時に上京。そのまま就職、結婚して、現在も都内に住んでいる。

葉子さんは、サヨさんが75歳を過ぎたころから毎月のように四国に帰り、サヨさんの様子を見ていた。サヨさんは特に大きな病気をすることもなく、元気に暮らしてはいたが、80代後半になると急に何が起こってもおかしくない。独り暮らしもそろそろ限界だと感じ、今後のサヨさんの暮らし方について考えるようになっていた。

ふるさとを離れる決意をしたきっかけ

サヨさんも健康には自信があったものの、不安がないわけではなかった。

サヨさんが、葉子さんの住む東京に行こうと決意したきっかけは、自分の体調ではなく、葉子さんの体調だった。

「帰省した葉子が腰を痛めていたようで、痛そうにしていたんですよ。葉子も60代。毎月遠距離を往復するのは大変でしょう。無理させているなと思いました。それに、もし葉子が私のところに来られなくなると、私もやはり心細いです。それで、葉子が東京に帰るときに『あなたの家の近くで老人ホームを探してちょうだい』と頼んだんです」。

自分から娘の近くに行くと決めたサヨさんの場合は、厳密には「呼び寄せ」には当たらないだろう。それでも生まれ育った地を離れるのは、重い決断であることに違いはない。ところが、サヨさんの言葉にそれほど葛藤があったとは感じられない。

「周囲の人たちは驚いていましたよ。でも私は故郷を離れることにまったく躊躇はありませんでした。いくら故郷とはいえ、90歳にもなると兄弟や友達も亡くなってしまい、親しく付き合う人がガタっと減りましたからね」。

なぜ同居でなく老人ホームを選んだのか

じつは、葉子さんは10年ほど前に自宅を新築するときに、将来のことを考えてサヨさんの部屋を用意していたという。それを知りながら、なぜ同居ではなく「老人ホーム」を選択したのだろうか。サヨさんはこう説明してくれた。

「実の娘でも、考え方もやり方も違います。これまで何十年も離れて暮らしていたのに、急に同居してもお互い楽しくないだろうと思いました」。

サヨさんは早くから精神的に自立し、子離れもできていたようだ。一人娘の葉子さんに、東京の大学を受験させ、東京で暮らすことにも賛成している。

「葉子が東京の大学に合格したときは本当にうれしかった。私の時代は勉強したくてもできなかったので、『これで葉子の人生が開ける』と思いました」とサヨさんは当時を振り返る。

互いの人生を尊重したいという思いが、娘の近くに移っても「ホームで別居」という形を選ばせたのだろう。

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 「争族」を避けたいなら、遺言書は書いておこう|『子どもを幸せにする遺言書』 「争族」を避けたいなら、遺言書は書いておこう|『子どもを幸せにす…
  2. photoBさんによる写真ACからの写真 親の終の棲家をどう選ぶ?|3度の脳梗塞に襲われた妻。その時、夫が…
  3. 親の終の棲家をどう選ぶ?|3度の脳梗塞に襲われた妻。夫の決断とは【前編】 親の終の棲家をどう選ぶ?|3度の脳梗塞に襲われた妻。その時、夫が…
  4. 84歳の現役社長が教える、定年後の再就職に必要な習慣とは?|『定年前後「これだけ」やればいい』 84歳の現役社長が教える、定年後の再就職を成功させる習慣|『定年…
  5. 【老後を自宅で過ごしたいなら】「デイサービス」知っておきたい基本のき 【老後を自宅で過ごしたいなら】「デイサービス」知っておきたい基本…
PAGE TOP