取材・文/坂口鈴香

北村昇さん(仮名・64)は、10年近く前から妻の美佐子さん(仮名・63)の言動がおかしいと思うようになった。認知症を疑いながらも、認知症であってほしくないという気持ちとの間で葛藤していた。とうとう子どもたちからうながされて病院を受診したものの、美佐子さんは激怒し、二度と通院することはなかった。数年後、美佐子さんの定年が近づくと、美佐子さんの上司から話があるので会ってほしいと告げられた。

若年性認知症になった妻(1)はこちら。

何でこんなことができへんの!

「話を聞くと、やはり会社でもいろいろと不都合が出てきていたとのことでした」

定年後は雇用延長の希望は出さないでほしいと言われ、退職手続きをした。

「このときは、私も妻も社会から見捨てられたような気になり、妻にどう退職を勧めたらよいものか、困り果てました」

このころになると、美佐子さんは積極性がなくなり、北村さんの顔色をうかがうようになっていた。病気への不安がそうさせていたのではないかと振り返る。

「妻は、自分の中で何が起こっているのか、なぜ普通に仕事をしているのに、職場で注意されないといけないのかと混乱していたんだと思います。私も勉強不足で『何でこんなことできへんの!』と怒って泣かせたりもしていました。今思えばかわいそうなことをしていたと思います」

若年性認知症の診断に驚きはなかった

60歳で仕事を辞めた美佐子さんは、日中は姑の末子さん(仮名・88)と二人で過ごしていた。やり方を間違えながらも、まだ庭の草取りや食事の用意程度はできていたという。北村さんは美佐子さんの負担を減らすよう、買い物などもなるべく二人で行うようにしていたが、どうにかして再度病院に連れて行けないか考えていた。その一方でいまだに認知症だとは認めたくないという思いもあり、迷いの中にいた。

ふんぎりがついたのは、北村さんに初期の胃がんが見つかったからだ。息子が手続きをしてくれて、美佐子さんを病院に連れていったところ、「若年性アルツハイマー型認知症」と診断された。

「やはり、という感じで驚きはありませんでした。妻の症状をネットや本で調べて覚悟はできていましたから」

ところが、と言っていいのか、病院に行くまでの間に美佐子さんの症状は急激に進行していた。

「妄想や徘徊の症状が強く、昼間は見えない相手と話したり、鏡の中の自分を他人と思って攻撃したりしながら、家の中を動き回っていました。夜中に目を覚ましては、私を起こし、意味不明なことを言ったり、暴言を吐いたりして、私も精神的に追いつめられていきました」

そんなとき、北村さんは地元の社会福祉協議会が主催する認知症の勉強会に出席した。美佐子さんの症状に苦しんでいた北村さんは、終了後のアンケートに美佐子さんの病気について告げ、「家族の負担が重い。相談したい」と記入したのだ。誰かに助けを求めたい一心だった。

このアンケートがきっかけとなり、ようやく介護認定を受け、介護サービスにつながることができた。診断を受けた病院からは、介護認定のことも、介護サービスのことも教えてもらっていなかったという。

それから北村さんは手探りではあったが、若年性アルツハイマー型認知症についての情報を集めたり、家族会に参加したりしながら、精神的負担を減らす試みを続けた。自治会の役員にも美佐子さんの病気を告げ、徘徊している美佐子さんを見つけたら、すぐに連絡してくれるように頼んだ。

「人はわからないことには憶測をして、事実とは違う話が一人歩きするものです。だから、当事者の口から正確に説明することが最善だと思いました」

美佐子さんが認知症であることを認めたくなかった北村さんだったが、いったん助けを求めて吹っ切れたのだろう。市や警察にも届けを出し、GPS付きの靴も履かせ、万一に備えた。

若年性認知症になった妻(3)につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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