取材・文/坂口鈴香

若年性認知症を患う妻の美佐子さん(仮名・65)を介護している北村昇さん(仮名・66)。美佐子さんが歩けなくなるなど症状が悪化していたところに、母末子さん(仮名・89)が心臓発作を起こした。

若年性認知症になった妻 その後【1】はこちら

今度は妻が倒れた

幸運な偶然が重なり、末子さんが生還できたことに感謝しつつ、再び北村さんは日常に戻っていた。

美佐子さんがデイサービスに行っている間、北村さんは農園でブドウの収穫に励んでいた。末子さんが退院して3日後のことだ。ブドウの出荷が終わって帰宅しようとしているところに、デイサービスから電話が来た。

「奥さんが転倒し、頭を強く打って、意識レベルが低くなっています」――

すぐにデイサービスに駆けつけると、美佐子さんは倒れたままで、北村さんの呼びかけにも反応はなかった。

トイレに誘導中、ドアを開けようと、職員が美佐子さんの手を離した一瞬の出来事だった。救急車が到着し、同乗した北村さんが呼びかけるとまだ少し反応があった。

「私の顔を見て、涙を流していました。小さい子どもがケガをして、必死で我慢しているところに、母親が来たのを見つけて大泣きする光景がありますが、そんな光景を思い出しました。気になったのは、右足がまったく動かなかったことです」

検査の結果、美佐子さんは頭部強打によるクモ膜下出血で、硬膜下血腫ができていることがわかった。数日後、容体が安定し出血も見られないので、自宅で看てはどうかと打診され退院することになった。意識レベルを上げるため、再びデイサービスを利用することにした。

妻がコロナに感染。介護する夫は骨折

ところがその翌日から美佐子さんが熱を出した。コロナの検査は陰性だったが、熱は下がらず、頭の出血からの熱かもしれないということで入院することになった。そこで改めて検査をすると、コロナ感染が判明したのだ。ところが、コロナ病床は満床だったため、自宅療養をせざるを得なくなった。

折悪しく、今度は北村さんが室内で転倒。足指を骨折してしまった。事態の流れを理解するこちらの頭が追い付かないほどの目まぐるしい展開だが、北村さんの心身の負担を思うと言葉もない。

何とか歩けてはいたが、これまでのように美佐子さんを抱きかかえたり、起こしたりという介助ができる状態ではない。近くに住んでいる息子夫婦が泊まり込んで、美佐子さんの介護をしてくれることになった。

「不幸中の幸いというか、息子は濃厚接触者となり、仕事を休まなければならなくなりましたが、そのおかげで私の代わりに手厚く妻の世話をしてくれることになって、本当に助かりました」

美佐子さんの意識レベルは依然として低く、熱も上がったり下がったりを繰り返していた。ゼリーでも固形物が食べられない。飲み込みが悪くなり、わずかな量でも、食事に2時間もかかるようになっていたという。

そして、“妻との同居”最後の日がやってきた。

「いつものように体のケアをし、食事をさせて様子を見ていました。その日は熱も下がり、気分もいつもよりはよさそうでした」

美佐子さんの目と、ベッド横にいる北村さんの目が合った。そのとき――

若年性認知症になった妻 その後【3】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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