取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです

若年性認知症を患う妻の美佐子さん(仮名・65)を介護している北村昇さん(仮名・66)。母の末子さん(仮名・89)が一時生命の危機に瀕したが、奇跡的に生還。ホッとしたのもつかの間、美佐子さんがデイサービスで転倒し、硬膜下血腫を起こした。コロナにも感染し、息子夫婦の協力も得ながら自宅で介護していたが、意識レベルは低いままだった。

若年性認知症になった妻 その後【2】はこちら

妻との最後の会話

いつものように美佐子さんの体のケアをし、食事をさせ様子を見ていたときのことだ。熱も下がり、気分もいつもよりはよさそうだった。美佐子さんの目と、ベッド脇にいる北村さんの目が合った。

「すると、妻が私の目を見て、『お父さん、ありがとうな』と言ってくれたのです。転倒して以来、うなずいたり、『うん』と言ったりするくらいが精いっぱいだったのに……」

これが、二人の会話の最後になるのではないかという思いが頭をよぎり、北村さんは息子にも「お母さんが今こんなことを言ったよ」と伝えた。

奇しくも、それが“妻との同居”最後の日となった。

美佐子さんの容体は逐次保健所に伝えていたが、嚥下が難しくなったことを伝えると、「このままだと体力が落ち、重症化するというので病院を探します」と言われた。

こうして美佐子さんはコロナ病棟に入院し、しばらくして一般病棟に移った。しかし、嚥下も右足不随も改善しない。

「先のことを考え、生きるために胃ろうをつくることにしました」

90歳近い母、末子さんのこともあるし、北村さん自身もいつまで介護ができるかわからない。いずれは施設に入所させないといけないだろうとは考えていたが、それが現実になる日が近づいていた。施設を運営している病院に転院し、そこで入所の順番を待つことにした。

北村さんや息子夫婦が美佐子さんからコロナに感染せずに済んだのは幸運だったが、この間コロナ感染予防のために、満足に面会できないのがつらかった。

妻の最後の言葉を支えに生きる。次ページに続きます

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