文/鈴木拓也

従業員約8千人を擁する家電量販大手のノジマ。そのイオンモール川口前川店に勤務する熊谷恵美子さんは、1941年10月生まれの81歳。

ノジマで働く人のなかでは、文句なしの最年長だ。

同社は、もともとシニア社員の活用に積極的で、2020年には雇用の上限を80歳に引き上げた。その後、「80歳以降も雇用継続可能」となり、健康で意欲があれば生涯現役で働ける職場になった。

熊谷さんは、新制度の第1号社員として接客の最前線で活躍する。3月には著書『81歳の家電売り場店員。接客は天職です』(KADOKAWA)を上梓。その働きぶりが活写されている。

バイクで通勤し、重い荷物を運ぶ

本書によれば、熊谷さんが起床するのは6時過ぎ。雑用と朝食を済ませ、9時少し前にバイクでさっそうと通勤。店に到着したら、運送業者から納品された商品を、カーゴ(カゴ台車)に積み、上の階へと運んで陳列する。

本書の冒頭には、作業の様子を収めた写真が載っているが、しゃきっと背筋が通った熊谷さんは、涼しい顔でテキパキとこなしている。この朝一番の業務について、次のように書かかれている。

もちろん、大きなカーゴを押す時はしっかり踏ん張らないと動きません。商品を積み直すときはお腹と腰に力を入れ、品出しや商品補充をするときは腰をかがめ、手を伸ばし、全身を使います。
「大変」「つらい」と思えば続きませんが、スポーツクラブへ行って全身運動をしていると思えば、いいのではないでしょうか。
お給料をもらいながら健康管理ができるなんて一挙両得です。(本書025pより)

カーゴに商品を積んで売り場へ運ぶ熊谷さん(本書002pより)

長く続けてきた接客の仕事は「天職」

力仕事を終えて10時に開店すると、接客業務の始まりだ。平日午前は、シニア層の来店客が多いという。近しい年代の熊谷さんは、そうしたお客さんの気持ちをつかむのが得意。ノジマに入社したのは69歳のときだが、その頃には同僚から、「探し物をしているご年配のお客様を見つけて接客するのがうまいですよね」と評判であった。

接客の仕事は、「私の天職」だと熊谷さんは記している。この業界に入る前も、呉服店で長く接客をしていたそうだ。そのときの経験が今も生きる。毎年正月、店の女性スタッフは、和装の晴れ着姿で初売りに来たお客さんを迎える。そのときは、昔取った杵柄で着付けができる熊谷さんは引っ張りだこ。元日はいつもより早い7時半に出社して、着付けを行う。

毎年、着付けの仕事が終わるたびに、「次の新年の着付けを手伝ったら、ご迷惑になる前に辞めようかな」と考えていたそうだ。今は、来年のことは考えず、自分を必要とする人がいる限り、毎日を精一杯生きることを心がける。そんな熊谷さんは、社内では親しみをこめて“ばあば”と呼ばれている。

人生を楽しむため、やりたいことは迷わず挑戦

熊谷さんは、週4日、15時までの勤務スタイルを続けている。勤務日は、1万歩は歩く健脚ぶりだが、帰宅すると足腰の疲労や痛みは避けられない。だからといって、身体を動かさなければ、「筋肉が落ちて本当に動けなってしまう」。

だから、夕食後は身体のメンテナンスを欠かさない。マッサージ機で凝りをほぐし、円盤型のツイストボードに乗って体幹を鍛える。日々の食事も、野菜や発酵食品を摂るなど気を遣う。

健康意識の高さは、明日も元気に働きたいという意欲から来るのだろうが、長く続いた夫の介護生活の記憶もあるのだろう。熊谷さんの夫は、72歳でアルツハイマー型認知症を発症。熊谷さんは、自宅での介護を7年続けた。

その間もノジマでの勤務を続けたのは、仕事に打ち込んでいるときは、介護の悩みを忘れられたからだ。かかりつけ医が、「介護だけになると辛いから、仕事は続けた方がいい」というアドバイスも身に染みたという。

誤嚥性肺炎がもとで夫が亡くなってしばらくした頃、熊谷さんはボウリングに出合い、その楽しさに惹きこまれる。シニア層のメンバーが主体の地元クラブチームに所属しているが、最年長は熊谷さん。週1回、仕事が終わってから練習に通う。時には疲れから練習が億劫に感じることもあるそうだが、それでも続けられるのは、「残りの人生を思いきり楽しむために、やりたいことは迷わず挑戦」しようという気概から。

本書を読むと、齢80を過ぎても、生き生きと暮らしていく秘訣がよくわかる。定年後の生き方のヒントが詰まった1冊として一読をすすめたい。

【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『81歳の家電売り場店員。接客は天職です』

熊谷恵美子著
KADOKAWA

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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