文/鈴木拓也

病気がちで半分寝たきりであったが…

三重県在住、今年85歳のG3sewing(じーさんソーイング)の生きがいはミシン。

これ1つで、バッグ、財布、ポーチとなんでも作れてしまう。SNSやホームページからの注文は数百個という単位で、若いユーザーからも人気の職人だ。

といっても、G3がミシンを始めたのはつい最近の2019年。三女のkiki(キキ)さんが、壊れたミシンの修理をお願いしたのがきっかけだ。

G3は、現役時代は電気工事士の資格を持ち、電化製品の修理を生業としていた。職人としての腕は確かであったが、短気で人付き合いが苦手。そのことが、家計面でも暗い影を落としたという。

60代も終わりに差し掛かると、さまざまな病気にかかり、半分寝たきりのような生活を送っていた。

見かねたkikiさんは、ミシンの修理がきっかけとなって、「少しでも元気」になるのではないかと期待を抱いた。この顛末は、G3の著書『あちこちガタが来てるけど 心は元気! 80代で見つけた 生きる幸せ』(KADOKAWA)に書かれている。

G3はベッドから起き上がり、あっという間にミシンを修理。ちゃんと動かくか確認するために、私が上糸と下糸のかけ方を教え、実際にG3に縫ってもらいました。すると、瞬く間に布を縫い上げるミシンに感心し、興味を持った様子。G3がミシンを使うのは、このときが初めてでした。(本書20~21pより。「私」はkikiさん)

G3はあっという間に、ミシンの魅力の虜になった。kikiさんは、手製の聖書カバーを見せ、「簡単だから作れるんとちゃう?」と言ったところ、数日して「18枚もの聖書カバー」を作製した。

これだけでは意欲の止まらないG3は、コースター、ポーチ、財布と次々にチャレンジ。最初は下手の横好きであったが、やがて実力が追い付いてくる。ちょこちょことではあるが、周囲の人たちが、買ってくれるほどにまでなった。

バッグを製作中のG3

SNSをきっかけに製作活動が大ブレイク

そんなG3の創作活動の大きな転機となったのが、1年ぶりに帰ってきた米国留学中のお孫さんだ。

「おじいちゃん、すごいな。そんな年でミシンを始めて、こんなに上手に作れへんで。SNSを使ったら、もっと広がるよ。特にツイッターは一番広まりやすいツールだから、やってみたら?」(本書48pより)

そう強くすすめられたG3、ついにSNSデビューを果たす。最初こそ反応はなかったが、開設1週間で、G3が椿の柄のがま口バッグを持っている姿が、SNS上で大いに拡散した。また、ダイレクトメッセージで多くの人から「どうしたら注文できますか?」と問い合わせが殺到。びっくりしたG3一同だが、お孫さんの助力のもと、販売・発送の体制を構築。800件もの注文を粛々とこなすことになる。

SNSに掲載された、作品を持って喜色満面のG3

親子一緒に本当の幸せとは何かをつかむ

最初は家族のなかでG3と一番距離を置いていたいたkikiさんだったが、ミシンの仕事でかかわっていくうちに、父親を見直すようになる。

その1つが、仕事に向き合う姿勢だ。

G3の仕事場はとてもきれいです。作業台には、今使うものしか置きません。1工程ずつ、必要な道具を用意し、終わったら元の場所に戻しています。
それから、がま口バッグの本体、マチ、紐、金具などのパーツは1箇所にまとめ、取り出しやすく収納しています。道具も用途ごとに引き出しに入れ、効率よく作業できるように、準備や片づけを怠りません。(本書114pより)

今のkikiさんは、進行管理、事務、経理を引き受けるマネジメントの役割。「社長」であるが、法人化しているわけではなく、G3とB3(母親)との3人チームだ。かつては両親の家に寄り付かない「一番の薄情者」だったkikiさんは、いまや父親のミシン事業に一番深くかかわるようになった。仕事への姿勢から、「もったいない」精神に至るまで、父親に学ぶことは多い。

G3はといえば、SNSを開始した当初の写真と約8か月後の写真で比べたら、「ぐんと若返り」を果たすほど健康が改善。糖尿病のインスリン注射も不要になったという。

生きがいを見出したG3は、健康面ばかりでなく、心の幸せをもつかんだ。毎月末、kikiさんからお給料を手渡されると、みんなで外食に出かける。その席で「今月は通院がいつもより1日多かったけど、その次の日は2倍頑張った」など言い合って、3人で拍手。G3はこの会をすごく喜んでくれる。

本書は、年代を問わず、本当に人生に大切なものを教えてくれる好著だ。ぜひ一度読んでほしい。

【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『あちこちガタが来てるけど 心は元気! 80代で見つけた 生きる幸せ』

G3sewing (じーさんソーイング)著
KADOKAWA

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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