「家業は継がないでくれ」
現社長の土方邦裕さんは父親の土方一久さんからそう言われたという。愛知ドビーは昭和11年(1936)に愛知県名古屋市で創業した鋳造メーカーである。戦後になると繊維産業で使う「ドビー機」を開発し、鋳造から繊維機器まで一貫生産を行なうメーカーとして発展、昭和40年(1965)に現社名に改称した。自社で作る機械部品が自社の工場で鋳造・加工できるのは、他社にはない強みだった。
しかし日本の繊維産業が衰退するにつれ同社の業績も悪化、1990年代にはメーカーから下請けへの転換を強いられる。冒頭の発言はそんな時期のものである。
平成13年(2001)に為替ディーラーをしていた土方邦裕さんが愛知ドビーに入社、平成18年(2006)には、弟の智晴さんも自動車会社を辞めて入社する。兄弟が社のツートップに就くことになり、愛知ドビーは業態を大きく変化させていく。
冷めてもなお、おいしい
平成22年(2010)に鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を開発、「バーミキュラ オーブンポットラウンド22cm」が発売されると、プロの料理人や料理好きを中心に話題になった。それまで鋳物ホーロー鍋というと欧州のものが主流で、評価も高かった。そこに、日本の鋳造メーカーが乗り込んできたのである。
バーミキュラの素材は鉄だけでなく、カーボンやシリコンなど13種の金属を配合して構成される。それを鋳型に流し込み、正確に温度管理がされる。鋳物には難しいとされるホーロー加工は0.3mmの被膜が均一になるよう仕上げられる。それらの技術は鋳物メーカーが培った職人技が支えた。蓋と本体は100分の1mmの精度で精密に加工され、密閉性が高く高い熱伝導率と相まって無水料理などがおいしくできる。
そのうち「バーミキュラで炊いたご飯はおいしい」と評判が立つようになった。ならば、火加減を気にしなくてもおいしくご飯が炊けるようにバーミキュラを使った電気炊飯器を作ろうと、愛知ドビーは家電の世界に足を踏み入れることになる。当初は協力メーカーを探したが、結局は自社開発することになる。バーミキュラの特性を引き出す理想の熱源や温度制御技術の方向は、自社が一番よく知っているからだ。このあたり、鋳物からドビー機まで一貫生産していたころの遺伝子を感じる。
3年の開発期間を経て、平成28年(2016)「バーミキュラ ライスポット」が発売。高級炊飯器の範疇に入れられることもあるが、通常の電気炊飯器と違うのは鍋の上部がむき出しになっているところだ。この形からも分かるように、当品はバーミキュラという鍋の特性を最大限に活かすべく、熱源が取り付けられたものなのである。
炊き上がりは米粒が立ち、噛みしめるとほんのりと甘さが伝わる。おいしく炊けたご飯は、それだけでご馳走だ。ちなみに、保温機能は付いていない。当品で炊いたご飯は、冷めてもおいしいからである。
取材・文/宇野正樹 撮影/稲田美嗣 スタイリング/有馬ヨシノ
※この記事は『サライ』本誌2023年11月号より転載しました。