革靴の分類で「プレーントゥ」と呼ばれるモデルがある。その名の通り、つま先に装飾が施されていない革靴のことだ。この『オールデン』のプレーントゥも一見すると、学校に入学したときや社会人になって初めて購入する革靴を連想させる。しかしこの革靴はただのプレーントゥではない。革靴好きを唸らせる歴史と謂れを持つまさに一級品だ。
『オールデン』は1884年にアメリカ・マサチューセッツ州ミドルボロウで創業された。創業当初に行なわれていた受注生産による紳士靴に加えて早くから取り組んでいたのが、足に問題を抱えた人でも快適に履くことができる医療用矯正靴の革靴だ。この分野での研究・開発で培った高い技術が、高品質で快適な靴を信条とする同ブランドのすべての革靴に生かされていることは言うまでもない。
世界でも稀少な馬革を使用
そんな『オールデン』を代表する靴であるプレーントゥが生まれたのは1935年。茶のモデルは「990」という品番を持つ。素材に採用されているのが、一般的に革靴に使われる牛革ではなく珍しい馬革。この馬革はシカゴで1905年に創業された老舗タンナー(革鞣し業)が製造したもので「シェルコードバン」と命名されている。この革を鞣すことができる職人はアメリカ国内でも数人のみ、手作業による工程がほとんどで、完了するまでに数か月を要する。『オールデン』には昔から、この稀少な馬革が優先的に提供されているが、それでも年々手に入りにくくなっていると聞く。この茶の色を同社では「#8バーガンディー」と表記するが、「990」同様に、靴好きはこの色を「ナンバー8」と品番で指名する。深みのある濃い茶で、履きこむほどに茶に濃淡が出て、甲部などに、柔らかく波打つようにシワが入る。
革靴の場合、製造に使う木型によってその意匠が決まるが、「990」に使われるのは1920年代以前に開発された「バリーラスト」と呼ばれる木型だ。同ブランドの靴の中では癖が少なく、さまざまな足形に合わせやすい。甲は高めに設計されているが、踵が小さく、見た目以上に足に馴染み、安定感ある履き心地が味わえる。
加えて、このモデルに採用されているのは、紳士靴の伝統的な手法のひとつであるグッドイヤーウェルト製法。しかもソール=革底を2枚重ねで仕立てるので独特のボリューム感を持つ。そもそも耐久性が高い革靴だが、革底を張り替えることも可能なので、馬革の経年変化を楽しみながら、育てるように何十年も履くことができる。
この「990」を愛した日本を代表する俳優がいる。高倉健だ。映画の撮影が終わると店を訪れ、健さん愛用のモデルを関係者などにプレゼントするのが恒例になっていたと聞く。いい話だ。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良 撮影協力/グレンストック六本木
※この記事は『サライ』本誌2022年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。