食事会や接待などの会計時に財布を出す場面は案外多い。そんな瞬間に人の目が財布にいくものだ。財布も身嗜みのひとつと言えるだろう。
英国のファッションジャーナリスト、ポール・キアーズが書いた『英國紳士はお洒落だ』(飛鳥新社刊)によれば、英国では「ペテン師の国に行ったら、札入れは躰の前に下げておくに限る」という17世紀からの格言がある。だから盗まれることのないよう、財布は上着の胸ポケットに収納しておくのが常識だとも書かれている。ならば紳士が持つべき財布は、胸ポケットに収めても目立つことが少ない、厚さを抑えた「薄マチ」がベストではないだろうか。
品格ある佇まいに紳士が魅了された
その「薄マチ」の長財布で高い人気を誇る『エッティンガー』は、1934年、英国・ロンドンで創業された皮革製品専門のブランドだ。創業者ゲィリー・エッティンガーは、代々、英国軍の裁縫職人の家系で育つ。彼の真摯な仕事ぶりが評価され、すぐに名だたるショップやブランドから革小物の生産を委託されるまでに成長した。
1930〜50年代に生産を担当したのは、英国を代表するハロッズ百貨店の革小物だ。当時、紳士用の財布といえば、黒、あるいは茶などの1色づかいのものが一般的だったが、同社が製作したのが、財布の内装が黄色になった2色づかいの革新的なモデル。「ハロッズ百貨店には面白い財布がある」と、ロンドンっ子の間で評判になり、以降、2色づかいの財布は、同社を象徴するデザインになった。高い評価を背景にして自社ブランド『エッティンガー』を始めたのが1970年代。1996年にはチャールズ皇太子から王室御用達の栄誉を受けている。
内装のパープルに気品が漂う
今回紹介するのはロイヤルカラーである紫=パープルが内装に使われた長財布だ。これは英国のポンド紙幣のインクの色から着想を得た「スターリングシリーズ」に属するモデルで、内装に使われたパープルは20ポンド紙幣に使われている色だ。パープルは日本人にも飛鳥時代より親しみがある色と言える。財布に採用された淡いパープルの色合いが女性にも人気で、贈答用に女性がこの財布を選ぶことも多いと聞く。
財布の外装と内装に使われている素材は、厳選された最高品質のカーフレザー(牛革)。柔らかく手触りの良い仕上げで、耐久性に優れ、使うほどにしっとりした艶が出てくる。そのカーフを長年培われた職人的な技で極限まで薄く剥くことで、「薄マチ」を実現しているのだ。ステッチも緻密で美しく、高い職人芸を感じる。
身につけるものを長く大事に愛用することを信条とする英国紳士の審美眼にかなった長財布。パープルという色に伝統と品格を感じるではないか。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2022年3月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。