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昭和62年、当時28歳だった渡辺謙が伊達政宗を演じた『独眼竜政宗』は大河ドラマ史上最大のヒットとなった。

昭和62年、当時28歳だった渡辺謙が伊達政宗を演じた『独眼竜政宗』は大河ドラマ史上最大のヒットとなった。

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、一時休止を余儀なくされた今年の大河ドラマ『麒麟がくる』。その代替番組として登場するのが過去の戦国大河。第1回は大河史上最高平均視聴率を叩き出した『独眼竜政宗』だ。

* * *

ライターI(以下I):『麒麟がくる』がしばらく休止ということで、戦国時代を扱った過去の大河ドラマの見せ場を3週にわたって展開するそうです。その第1回が1987年に放映された『独眼竜政宗』です。

編集者A(以下A):1987年というと昭和62年ですね。昭和最末期に当たります。当時1984年から1986年まで近代化路線が3作続いていました。そうした中で従来の大河ドラマファン待望の戦国大河が『独眼竜政宗』でした。平均視聴率39.7%は、今も大河史上で最高の成績です。

I:今となっては、異次元の視聴率です! そんなに受けたのはどうしてだと思いますか?序盤のまだ政宗が子役時代に話題になった台詞がありましたけど。

A:政宗の幼名は梵天丸といいますが、教育係は虎哉宗乙(こさい・そういつ/演・大滝秀治)でした。この人は、天皇から国師号を授けられた快川紹喜(かいせん・じょうき)の弟子です。快川は武田信玄に招かれて甲斐の恵林寺にいましたが、信長の武田攻めの際に恵林寺とともに焼死します。

I:そんなことがあったのですか。

A:虎哉宗乙が不動明王像の前で幼い梵天丸に不動明王の顔は恐ろしいが内面は慈悲深いということを教えます。それを聞いた梵天丸が「梵天丸もかくありたい」と合掌するのです。この台詞は流行語にもなりました。

I:ドラマから流行語が発信されると強いですね。

A:それだけではありません。『独眼竜政宗』のすごいところは、1年を通じて平板な回がなかったということではないでしょうか。ざっとあげてみたいと思います。

政宗の父輝宗(演・北大路欣也)が畠山義継(演・石田弦太郎)にさらわれて、政宗に対して〈政宗、わしを討て!〉と命じます。渡辺謙さん、北大路欣也さんいずれも鬼気迫る演じぶりで、まさに手に汗握るシーンでした。

I:最終的に政宗は、発砲を命じるというシーンですね。

A:ちなみに政宗の父・輝宗の「輝」は室町幕府将軍足利義輝の偏諱です。世代的には輝宗は徳川家康と年齢がひとつ違いの世代になります。ドラマの中では、政宗の母義姫(演・岩下志麻)の実兄は山形の戦国大名最上義光(演・原田芳雄)だったわけですが、義光は常に伊達家の力を削ぐことばかり考えている。そのため、スリリングな展開が多かったのです。

I:原田芳雄さん! 改めて出演者を概観すると、三浦友和さん(政宗の従兄弟伊達成実)、西郷輝彦さん(政宗家臣の片倉小十郎)をはじめ脇を固める俳優陣が豪華絢爛でした。

A:『8時だョ!全員集合』を1985年9月までやっていたドリフのいかりや長介さんが、鬼庭左月役で大河ドラマデビューを果たして強烈な印象を残しました。当時、〈すげーはまり役〉と思った記憶があります。

I:いかりやさんは、この後、『踊る大捜査線』など刑事ドラマでも活躍されますが、『踊る~』で共演して影響を与えあったというユースケ・サンタマリアさんが『麒麟がくる』で大河ドラマデビューしていることが感慨深いですね。

A:『麒麟がくる』では、斎藤高政(演・伊藤英明)による弟殺し、織田信長(演・染谷将太)による弟殺しが描かれましたが、『独眼竜政宗』でも政宗による弟小次郎(演・岡本健一)殺しが描かれました。信長同様に実母が弟を溺愛したことが原因です。

I:嫡男は世継ぎとして家全体で育てますから、母から離されやすい。その点次男は手元においておきやすいですから愛情が注がれるのでしょうね。

【秀吉役の勝新太郎と若手俳優・渡辺謙。次ページに続きます】

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