文/池上信次

第30回から紹介している「編成で聴くジャズ」の続きです。「ソロ(独奏)」に続いて今回は2人編成の「デュオ(2重奏)」です。

デュオは「バンド」の最小編成です。共演者とのやりとり(インタープレイ)がジャズという音楽の必須の要素とすれば、これはジャズの最小編成ともいえます。インタープレイとは、いわば音楽のキャッチボール。どんな編成でもそれは生まれますが、デュオではパス回しもチーム・プレイもありません。つねに共演者と1対1で、投げて受けているわけですから、その反応も直接的で、演奏者もリスナーも必然的にその部分に耳が向くことになります。つまりここにはジャズの面白さが凝縮されているともみることができるのですね。

ジャズの楽器編成にはルールがありませんから、どんな組み合わせもありです。これはジャズならではのもの。昔から今日まで、さまざまな組み合わせでたいへんたくさんの演奏・録音が残されています。しかし実際に「曲」を演奏するとなれば、多くはコード楽器を含むことになります。「聴きどころ」で大きく分ければ、異種楽器、同種楽器、ヴォーカル+楽器という組み合わせの3種類というところでしょう。今回はこのうちもっとも一般的な、「異種楽器デュオ」の名演・名盤を紹介します。

(1)ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』(ユナイテッドアーティスツ)
ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』

ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』

演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、ジム・ホール(ギター)
録音:1962年4月24日、5月15日

「ジャズのデュオ」名盤といえば、このアルバムを外すことはできません。ビル・エヴァンスは、インタープレイを持ち込んだ革新的なピアノ・トリオのスタイルで知られます。とくに1961年のトリオでの演奏が極め付きとされていますが、ここではギターのジム・ホールを相手に、そのコンセプトを凝縮して表現しています。とにかく「やりとり」が絶妙。「投げて受ける」のではなく、それが同時に行われているという感じです。もっともそれがよく表れているのが冒頭の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。最初にソロをとるのはホールですが、エヴァンスはそのバックで「伴奏的」なパターン化されたリズムを出すことはなく、つねにホールのフレーズに敏感に反応しています。続くエヴァンスのソロ・パートでは、ホールは逆にリズミカルなコード・プレイでエヴァンスを煽り、エヴァンスには珍しいほどの熱いソロを引き出しています。最初から最後まで緊張感が連続し、ぐいぐいと演奏に引き込まれてしまいます。1対1の「真剣勝負」という言葉がふさわしい、デュオ名演といえるでしょう。

(2)フレッド・ハーシュ&ビル・フリゼール『ソングス・ウィ・ノウ』(ノンサッチ)

演奏:フレッド・ハーシュ(ピアノ)、ビル・フリゼール(ギター)
録音:1998年

タイトルからもうかがわれるように、ハーシュとフリゼールのスタンダード集。ピアノとギターのデュオというと、どの時代であっても、同じ編成の『アンダーカレント』と必ず比べられる運命にあるのですが、ジャズマンたるもの、同じ行き方はしません。こちらは、浮遊感のあるフリゼールのギターを生かし、どの演奏も空間的というか、ゆったりとした空気が漂っています。エヴァンス&ホールが「ぶつかり合い」とすれば、こちらは「寄り添い」。こちらもインタープレイはじつはバリバリではありますが、そこをことさら強調していないところがいいところ。しみじみと会話をしているかのような演奏です。

(3)チック・コリア&ゲイリー・バートン『イン・コンサート』(ECM)
チック・コリア&ゲイリー・バートン『イン・コンサート』

チック・コリア&ゲイリー・バートン『イン・コンサート』

演奏:チック・コリア(ピアノ)、ゲイリー・バートン(ヴァイブラフォン)
録音:1979年10月28日

コリアとバートンは1972年録音の『クリスタル・サイレンス』(ECM)を最初に、これまでデュオ・アルバムを5枚リリース。デュオにオーケストラなどが加わった作品を入れると7枚ものアルバムをリリースしているコンビです。ここでは、そのデュオ3作目に当たるライヴ盤を紹介します。最初のアルバムから、絶妙のインタープレイが絶賛されていたふたりですが、ここではスタジオで作り上げたのではなく、一夜のライヴという状況でこんな演奏をしてしまうなんて!という驚異的な演奏が聴けます。もう「やりとり」とかというレベルではなく、ひとりの人間の右手と左手のように「一体化」してしまっています。たとえば「フォーリング・グレイス」を聴くと、アップ・テンポでコリアもバートンもつねに音数多く弾きまくっているにもかかわらず、不思議なくらいにうるさい感じがしないのですね。つまりぶつかるところがない。きっと同じタイム感覚、同じハーモニー感覚をもっているのでしょう。テーマのあと、バートン、コリアの順にソロをとっているのですが、あまりの一体感に観客もあっけにとられてか、バートンのソロのあとの拍手を忘れてしまっているくらい(かなり遅れてちょっと入ります)。ふたりの間にはテレパシーが通じているに違いありません。

(4)デイヴ・リーブマン&リッチー・バイラーク『ダブル・エッジ』(ストーリーヴィル)

演奏:デイヴ・リーブマン(ソプラノ・サックス、アルト・フルート)、リッチー・バイラーク(ピアノ)
録音:1985年4月21日

このふたりはクエストというグループを組んだり、デュオで多くのアルバムを出していますが、これはスタンダードを題材にしたアルバム。1970年代のマイルス・デイヴィス(トランペット)のグループの活動で知られるリーブマンは、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)のスタイルの流れを汲む、ハードでアウトする(意図的にコードから音を外す)フレーズが特徴。バイラークはリハーモナイズ(コードの組み替え)の名手。ここではそのふたりの特徴が全開となっています。アウトするサックスのフレーズに瞬時に新たなコードが付けられ、それにまたサックスが反応するというインタープレイが連続します。よく知られた曲が、その場で新しい形に組み替えられていくという展開には、ゾクゾクさせられます。とはいえけっしてフリー・フォームにはならず、その「曲」の枠の中にギリギリ収めているところがかっこいいのですね。そして音楽は強力にエモーショナル。クールな頭脳をもった熱い演奏、というところ。

(5)スティーヴ・レイシー&ギル・エヴァンス『パリ・ブルース』(アウル)

演奏:スティーヴ・レイシー(ソプラノ・サックス)、ギル・エヴァンス(ピアノ、エレクトリック・ピアノ)
録音:1987年11月30日、12月1日

『ダブル・エッジ』とまったく同じ編成ですが、演奏の方向はまるで違います。ギル・エヴァンスは自身のオーケストラ作品や、マイルス・デイヴィスとのコラボレーションで知られるアレンジャー。ここでは珍しくピアニストとして演奏しています。レイシーはフリー・フォームもこなすプレイヤーですが、ここではきっちりと「曲」を演奏します。ふたりとも熱くならず淡々と、付かず離れずの距離感を保ちます。でもきっとこれは意図されたもの。ギルのピアノも、おそらくあらかじめよく練った楽譜によるものでしょう。レイシーはそれを踏まえて、ゆったりとしたソロを乗せていきます。ふたりはここで表現しようとしているのは、アドリブ演奏を聴かせることではなく、「ムード」を作り出すことなのです。タイトル曲はデューク・エリントン作曲、ほかにはチャールズ・ミンガスの曲が3曲とオリジナル。どの曲にも共通したレイジーでブルーなムードが色濃く漂っています。ギルの本来の「楽器」はオーケストラですが、これはギルがアレンジした、「ムード」を演奏する2人編成のオーケストラなのです。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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