ダバダバが流れると……
今回の名画でいえば、個人的にいちばん記憶に残っているのは、冒頭で紹介するクロード・ルルーシュ監督による『男と女』ですね。日本公開は1966年ですから、私が19歳のときでした。
運転免許取りたての私は、生意気にもレーシング・ドライバーに憧れ、親に買ってもらった国産車の車高を低く改造し、深夜から早朝にかけ江の島から葉山へと続く海岸道路を飛ばしまくっていたのでした。ですから、映画の中の迫力満点のラリー・シーンや、チラッと姿を現す当時のモンスター・レースカー、フォードGT40の雄姿に心を躍らせたのです。
そしてもちろん、主演男優のジャン=ルイ・トランティニャンが影のある魅力的な女性、アヌーク・エーメのもとへとフォード・ムスタングを駆って疾走するシーンの背後に流れる、有名な「ダバダバダ……ダバダバダ……」という映画音楽は、私の中では完全にラリー仕様ムスタングのイメージとリンクしているのです。
2番目はどういうわけかやはりフランス映画で、こちらはもっぱら当時大ファンだったカトリーヌ・ドヌーヴがお目当てでした。64年に公開されたジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』は、全編が歌で綴られたミュージカル映画ですが、音楽を担当したのがマイルス・デイヴィスとも共演したフランス音楽界の大物、ミシェル・ルグランです。
さすがというか、主題歌「アイ・ウィル・ウェイト・フォー・ユー」はほんとうによくできた映画音楽で、名曲であるばかりでなく映画のシーンとじつにうまくリンクしているのです。まだうら若いドヌーヴが、アルジェリア戦争(54~62年)のため出征する恋人を引き留める場面で、この歌(ダニエル・リカーリによる吹き替え)が歌われるのですが、まさに名曲・名場面といっていいでしょう。
細かいことをいうと、台詞でもあるフランス語の原詞では、ドヌーヴが恋人を強く引き留める設定です。アメリカのミュージカル映画は、劇映画中に歌と踊りのシーンが適宜挟まれるのが一般的ですが、このミュージカル映画の凄いところは、オペラのように台詞も全部歌なのですね。
その問題のシーンでのフランス語歌詞はというと、とにかく、「行かないで、ひとりになるのが怖い、死んでしまう」とか、「違う女が現れ私を忘れてしまうだろう」といったきわめてリアルな、画面上の出来事とフィットしたものなのです。
他方、今回収録したアストラッド・ジルベルトの歌う英語の歌詞は、タイトルでもある「アイ・ウィル・ウェイト・フォー・ユー」そのままに、「永遠だとしても私はあなたを待っている。幾千の夏を越えて私はあなたを待つ」という、まさに「待つ女」の設定へと微妙に内容が変化しているのです。どちらが女心の真実なのか、はたまた男心をくすぐるのか……。私の好みでは、ドヌーヴの映像込みならフランス語版、独立した歌としてなら英語版の歌詞なのです。
ともあれ、映画では数年後別れ別れになったふたりは再会するのですが、ともに別の連れ合いがいるのですね。この「大人の結末」に、まだ10代の私は(ちょっと大袈裟ですが)いろいろと思い悩んだりしたものですが、やはり『シェルブールの雨傘』は名画・名曲として強く記憶に残っているのです。
余談ですが、シェルブールはノルマンディ半島の先端部に位置する港湾都市で、恋人はここからアルジェリアへと出航したのです。また、ここは軍事拠点でもあり、第2次世界大戦の際はノルマンディ上陸作戦の激戦地となりました。