向田邦子が原稿執筆時に着ていた“勝負服”【文士の逸品No.03】

◎No.03:向田邦子のシャツジャケット

向田邦子のシャツジャケット(鹿児島近代文学館蔵、撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

書きはじめると、恐ろしいほどの集中力で原稿を仕上げていくタイプ。走らせる鉛筆の動きが言葉の迸(ほとばし)りについてこないのがもどかしく、書き飛ばす。一、二、三の次に「四」と記すべきところを、勢いのまま、4本の横棒を引いたこともあった。

そうした一気呵成の原稿執筆の折、向田邦子が身にまとうは「勝負服」。競馬の騎手が、いざ本番の騎乗に際し着用するユニフォームにちなんでの命名である。

鹿児島市のかごしま近代文学館所蔵の邦子の勝負服。小さく立った衿。先っぽだけキュッと絞り込んだ袖口。肩から裾にかけてのラインにはややゆとりを持たせ、左右の腰前に大きなポケットがつく。こんな独得のデザインのシャツジャケットを、邦子は、軽くて肌ざわりのよい落ち着いた色柄の生地で、何枚も仕立てて愛用していた。

ダービーに臨むジョッキーさながら、勝負服に身を包み一心不乱に原稿用紙に向かう己の姿を、邦子はこう綴る。
「普段はだらだら遊んでいる癖に締め切りが迫ると一時間四百字詰め原稿用紙十枚でかき飛ばす悪癖があるのでどうしてもこういうことになってしまうのである。乏しい才にムチをくれ、〆切りのゴールめざして直線コースを突っ走っているのである」(『勝負服』)

文中、「乏しい才」は過ぎたる謙遜。この人は、山口瞳が「私よりうまい」と評した、とびきりの才媛であった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

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