取材・文/松浦裕子
臨書とは、手本を真似て筆遣いを磨く書の鍛錬法のひとつ。一見、堅苦しく難しそうに思える方法だが、書家の岡本光平さんは、「歴史上の名筆を追体験できる贅沢な鍛錬」と、初心者にも勧める。
臨書で学んだ筆法は、書の創作へとつながる。年賀状作りに役立ててもいい。書道が苦手という人も気軽に取り組んでほしい。ではそんな「臨書」の基本的な心得について、岡本さんに手ほどきいただこう。
※記事の最後に、岡本光平さんがサライのために臨書の勘所をレクチャーしていただいた、貴重なスペシャル動画があります。ぜひ併せてご覧ください。
「書の名品は、ひと目で捉えられるほど単純ではありません。しかし、写し書くことで、字形や筆法、作者の心情など、多くの発見があります。ただ字を真似て書くだけではつまらない。文字が書かれた目的や時代背景など、歴史の足跡を鑑みながら書くと、書に対する興味がより膨らみ字も上達します」
■臨書は手本の観察から始まる
臨書に使われる手本は様々。王羲之(おうぎし、中国・東晋時代、書聖と崇められた書家)、藤原行成(ふじわらのゆきなり、平安中期の朝臣・書家で「三蹟」のひとり)といった古典の肉筆本や、金石文の拓本など種類も多い。購入する前に、時代はいつか、作者はどのような人か、書史を理解しておくと選びやすい。
「書道教室で“この字はどう書くのですか?”と聞かれると、僕は“まず目の前の先生(手本)に聞いてみて”と答えます。手本の古典こそ優れた指導者。大切なのは、書をよく観察すること。文字の特徴をつかみ臨場の空気感を想像し、自分で考え工夫して書く。これが臨書の極みであり楽しみなのです」
臨書は近代、書道の練習法として、字形を忠実に写し書く「形臨(けいりん)」、筆意を汲み取って書く「意臨(いりん)」、さらに作者の心情や精神性を解釈して書く「背臨(はいりん)」と、3段階を経て学ぶ教えが基盤となっている。
ここでは、初心者が楽しみながら学べる臨書のコツをまずは伝授いただこう。
●筆は単鉤法(たんこうほう)で持つ
●一文字一墨で書く
●手本を半紙に近づけて書く
●筆の弾力を利用して書く
【臨書の基本1】最初は、字形をひたすらに真似て書く
臨書の基本の第一は、手本の字形をよく見て忠実に書くこと。楷書か行書か。丸みを帯びた字か角張った字か。線は右上がりか平行かなど、字形を理解し一画一画、手本と手元を交互に見ながら書く。
「例えば楷書。漢字の多くは左の部位“ 偏”が意味を表す記号(意符)。右は発音を表す音符(“銅”は偏が金属の意、同は音符など)。そのため、石や金属に刻まれた古い楷書は、字の造形を一目見て意味がわかるよう、左の偏が大きいのが特徴です。一方、文字が氾濫する現代の楷書は、可読性(読みやすさ)を重視するため、偏が小さく右の発音記号が大きい。こういった文字の性質を学べるのも、臨書の醍醐味でしょう」(岡本さん)
ここでは、中国の南北朝時代(439~ 589)に石に刻まれた楷書文字『張猛龍碑』から抜粋した「白」「水」を紹介する。
●力強い線で書く
●右上がりに書く
●横画は下が短く
【臨書の基本2】筆意を汲み取り、自分流に文字を仕上げてみる
基本の第二は、筆遣いに慣れたら、書かれた目的や、作者の心情を自分なりに汲み取り仕上げてみること。
「例えば写経は、仏様に納める字なので、見た目が美しくなければなりません。線の長短や太さなどにメリハリをつけバランスよく仕上げます」
また、手本を自分なりに解釈して書く場合も、「基本的な字形は変えない」というのが臨書の鉄則。
「手本はすでに造形的にも美しい完成された作品です。筆遣いが不慣れなのにわざと文字を崩して書くと、余白のバランスも、書体そのものも壊れてしまいます。字形は変えず、文字の大きさや太さ、筆運びのスピードを変えるなどして表現すると、上手くいきます」
ここでは、奈良時代の般若心経の写経『隅寺心経』から「色即是空」を抜粋。そっくりに真似て書く臨書から、自分なりに解釈し変形させた文字例を紹介する。
●写経の字をそっくり真似て書く
●変形例その1:縦長に書く
●変形例その2:太い線で書く
●変形例その3:創作の空
【臨書の基本3】文字を集めて言葉を作ってみる
最後は、手本の中から文字を集め、言葉を作って書いてみる。
「初めての人は、古典すべての文字を書くのは難しい。ですからまずは、連続した文字を数文字選んで練習しましょう。手本の書きぶりに慣れたら、文字を増やし作品に仕上げる。また、手本から字を集めて組み合わせる『集字』で、言葉を作り出せるようになれば、創作への第一歩となるでしょう」
ここでは、平安時代中期の能書家、藤原佐理(三蹟のひとり)の詩『詩懐紙』より、行書「花」「紅」2文字を集字。そっくりに真似て書く臨書から、自分なりに解釈し変形させた文字例を紹介する。
●行書を集字する
●変形例その1:さらに滑らかに書く
●変形例その2:創作の「花紅」
《書家・岡本光平さんに聞いた「書」を創作して遊ぶ楽しみ》記事に続きます。
取材・文/松浦裕子 写真/茶山浩
※この記事は『サライ』本誌2016年12月号より転載・加筆しました。年齢や肩書き等の情報は取材時のものです。
※岡本光平さんの個展「花黙不言」が2018年3月16日~25日にかけて、ギャラリー五峯(東京・下井草)で開催されます。また同じく個展「猛虎、まかり通る」が5月1日~7日にかけてギヤルリ・サロンドエス(東京・銀座)で開催されます。詳しくは各ギャラリーにお問い合わせください。