古来の名筆から書を磨く「臨書」基本の心得《動画あり》

取材・文/松浦裕子

書家・岡本光平さんは約50年間、ひたすら臨書を追求し、自らの創作に反映させてきた。

臨書とは、手本を真似て筆遣いを磨く書の鍛錬法のひとつ。一見、堅苦しく難しそうに思える方法だが、書家の岡本光平さんは、「歴史上の名筆を追体験できる贅沢な鍛錬」と、初心者にも勧める。

臨書で学んだ筆法は、書の創作へとつながる。年賀状作りに役立ててもいい。書道が苦手という人も気軽に取り組んでほしい。ではそんな「臨書」の基本的な心得について、岡本さんに手ほどきいただこう。

※記事の最後に、岡本光平さんがサライのために臨書の勘所をレクチャーしていただいた、貴重なスペシャル動画があります。ぜひ併せてご覧ください。

●指導/岡本光平さん(書家)昭和23年、愛知県生まれ。全国最年少の17歳で毎日書道展入選。36歳で独立し創作活動へ。近年は世界各国の岩画調査をライフワークとし作品に反映。ニューヨーク・ハモンド美術館、 ドイツ・ライプツィヒ国立民族博物館など世界各国で個展を開催。香川県74番札所・甲山寺の大襖46枚に「般若心経曼荼羅」を揮竃。近年、エール大学美術館に作品所蔵された。

「書の名品は、ひと目で捉えられるほど単純ではありません。しかし、写し書くことで、字形や筆法、作者の心情など、多くの発見があります。ただ字を真似て書くだけではつまらない。文字が書かれた目的や時代背景など、歴史の足跡を鑑みながら書くと、書に対する興味がより膨らみ字も上達します」

石刻文『龍門造像記』の「道」を臨書。剛健で野性味浴れる北魏時代の文字を、2本の筆を合わせて書くことによって迫力をもたせた。

岡本さんが『龍門造像記』の一部を全紙に臨書した作品。『龍門造像記』は洞窟寺院「龍門洞窟」内に刻まれた文字(495年)。洞窟壁面に彫られた仏様の下に、供養のための願い事を彫刻したもので、六朝時代を代表する書跡として知られている。

■臨書は手本の観察から始まる

臨書に使われる手本は様々。王羲之(おうぎし、中国・東晋時代、書聖と崇められた書家)、藤原行成(ふじわらのゆきなり、平安中期の朝臣・書家で「三蹟」のひとり)といった古典の肉筆本や、金石文の拓本など種類も多い。購入する前に、時代はいつか、作者はどのような人か、書史を理解しておくと選びやすい。

「書道教室で“この字はどう書くのですか?”と聞かれると、僕は“まず目の前の先生(手本)に聞いてみて”と答えます。手本の古典こそ優れた指導者。大切なのは、書をよく観察すること。文字の特徴をつかみ臨場の空気感を想像し、自分で考え工夫して書く。これが臨書の極みであり楽しみなのです」

岡本さんの臨書、藤原行成・筆「本能寺切」。全紙(約70×136cm)に制作。

臨書は近代、書道の練習法として、字形を忠実に写し書く「形臨(けいりん)」、筆意を汲み取って書く「意臨(いりん)」、さらに作者の心情や精神性を解釈して書く「背臨(はいりん)」と、3段階を経て学ぶ教えが基盤となっている。

ここでは、初心者が楽しみながら学べる臨書のコツをまずは伝授いただこう。

臨書に最低限必要な道具。(1)中筆、(2)墨、(3)印泥、(4)印石、(5)硯、(6)下敷き、(7)半紙、(8)文鎮、(9)臨書用手本。筆は、四号(太さ)・兼毫(穂の強さ)が臨書向き。紙は国産の手漉き半紙。・手本

●筆は単鉤法(たんこうほう)で持つ

筆の持ち方は、単鉤法(ペンを持つように親指と人差し指で筆の軸を挟み、中指で下から支える)。汎用性が高く臨書向き。

書が初めての人は、筆を2本、箸をつかむように持ち、下の1本を引きぬきはずすと簡単。太字にも細字にも対応できる持ち方だ。

●一文字一墨で書く

一般的に文字は、一文字を一回の墨付けで書くのが基本。墨は筆の腹の部分まで付ける。繰り返し臨書しながら調整するとよい。

●手本を半紙に近づけて書く

手本は、目で文字が追いやすくなるよう、半紙に近づけ、利き手の逆側に置くのが基本。小さい文字は拡大コピーすると書きやすい。

●筆の弾力を利用して書く

筆は立てずに、手前に少しだけ傾けて持ち(側筆)、穂先を傾けたままポンと紙に置く。あとは穂の弾力を利用して書くと張りのある線になる。穂の弾力を使わずべたっと書くと、線が死んでしまう。線の引き方は訓練が必要。繰り返し臨書を行なうことで学びたい。

【臨書の基本1】最初は、字形をひたすらに真似て書く

臨書の基本の第一は、手本の字形をよく見て忠実に書くこと。楷書か行書か。丸みを帯びた字か角張った字か。線は右上がりか平行かなど、字形を理解し一画一画、手本と手元を交互に見ながら書く。

「例えば楷書。漢字の多くは左の部位“ 偏”が意味を表す記号(意符)。右は発音を表す音符(“銅”は偏が金属の意、同は音符など)。そのため、石や金属に刻まれた古い楷書は、字の造形を一目見て意味がわかるよう、左の偏が大きいのが特徴です。一方、文字が氾濫する現代の楷書は、可読性(読みやすさ)を重視するため、偏が小さく右の発音記号が大きい。こういった文字の性質を学べるのも、臨書の醍醐味でしょう」(岡本さん)

ここでは、中国の南北朝時代(439~ 589)に石に刻まれた楷書文字『張猛龍碑』から抜粋した「白」「水」を紹介する。

この時代の文字は、「水」のように偏など左側の部位が大きめで、右上がりの字形が特徴。

●力強い線で書く

起筆(文字の出だし)をポンと強く押さえ、力強い線で書き進める。転折(文字の折れる部分)もしっかりと筆跡を残して運筆する。

●右上がりに書く

横画(横線)が右上がりであることが字形の特徴。全体的に筆圧を変えずに運筆すると、石に刻んだ文字の雰囲気が出せる。

●横画は下が短く

上の横画を長く、下の横画は短く書く。「白」の中心の線は、横長の点を打つように運筆し、縦画(縦線)とはつなげない。

【臨書の基本2】筆意を汲み取り、自分流に文字を仕上げてみる

基本の第二は、筆遣いに慣れたら、書かれた目的や、作者の心情を自分なりに汲み取り仕上げてみること。

「例えば写経は、仏様に納める字なので、見た目が美しくなければなりません。線の長短や太さなどにメリハリをつけバランスよく仕上げます」

また、手本を自分なりに解釈して書く場合も、「基本的な字形は変えない」というのが臨書の鉄則。

「手本はすでに造形的にも美しい完成された作品です。筆遣いが不慣れなのにわざと文字を崩して書くと、余白のバランスも、書体そのものも壊れてしまいます。字形は変えず、文字の大きさや太さ、筆運びのスピードを変えるなどして表現すると、上手くいきます」

ここでは、奈良時代の般若心経の写経『隅寺心経』から「色即是空」を抜粋。そっくりに真似て書く臨書から、自分なりに解釈し変形させた文字例を紹介する。

 

●写経の字をそっくり真似て書く

大小、長短、太い細いをはっきりさせてメリハリをつける。横画は右上がりに細く、縦画は太く。最後の横画のみ右下がりに。

●変形例その1:縦長に書く

「色即是空」の「空」の文字を、字の形は変えず、縦長にバランスよく書いて、爽やかな青空を表現した。

●変形例その2:太い線で書く

同じく「空」を、力強い太線で書き、迫力ある嵐の空を表現。字形を変えずに、線を太くするだけで見映えも変わる。

●変形例その3:創作の空

写経の「空」からの展開で、曇り空を表現。まったく異なる文字に見えるが、基本字形は同じ。より造形的な創作例。

【臨書の基本3】文字を集めて言葉を作ってみる

最後は、手本の中から文字を集め、言葉を作って書いてみる。

「初めての人は、古典すべての文字を書くのは難しい。ですからまずは、連続した文字を数文字選んで練習しましょう。手本の書きぶりに慣れたら、文字を増やし作品に仕上げる。また、手本から字を集めて組み合わせる『集字』で、言葉を作り出せるようになれば、創作への第一歩となるでしょう」

ここでは、平安時代中期の能書家、藤原佐理(三蹟のひとり)の詩『詩懐紙』より、行書「花」「紅」2文字を集字。そっくりに真似て書く臨書から、自分なりに解釈し変形させた文字例を紹介する。

●行書を集字する

手本から2文字を集字して、「花紅」という作品に。古典の集字は文字のバランスが重要。作者の書きぶりを考慮して、文字を選びたい。

●変形例その1:さらに滑らかに書く

藤原佐理の文字は、筆運びが伸びやかで、線が若々しく艶やか。岡本さんの解釈で、その線をさらに強調し、艶やかな花の色を表現。

●変形例その2:創作の「花紅」

佐理の書を草書風に展開させ、春の穏やかな空気感を表した創作作品。基本字形は変えず、書き順を変えることで表現した。

《書家・岡本光平さんに聞いた「書」を創作して遊ぶ楽しみ》記事に続きます。

取材・文/松浦裕子 写真/茶山浩

※この記事は『サライ』本誌2016年12月号より転載・加筆しました。年齢や肩書き等の情報は取材時のものです。

※岡本光平さんの個展「花黙不言」が2018年3月16日~25日にかけて、ギャラリー五峯(東京・下井草)で開催されます。また同じく個展「猛虎、まかり通る」が5月1日~7日にかけてギヤルリ・サロンドエス(東京・銀座)で開催されます。詳しくは各ギャラリーにお問い合わせください。

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