今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「君、年始をやめて雑煮を食いにこぬか。なるべく晩食(ばんめし)の際が落ちついてよい」
--夏目漱石
夏目漱石が明治38年(1905)1月2日、寺田寅彦宛てに出した葉書の全文である。明治期はまだまだ電話の普及が不十分な半面、郵便の集配は頻繁になされ、当日の連絡のやりとりにも活用された。朝7時50分の消印のあるこの葉書も、その日の晩に寅彦を招待する意図で書かれたものだろう。
この頃の漱石、英国留学を経て東京帝国大学や一高の教壇に立ちつつ、『吾輩は猫である』を発表したばかり。一方、熊本の第五高等学校で薫陶を受けて以来、終生、漱石を慕い続けた寅彦は、東京帝国大学物理学科を首席で卒業し、そのまま母校の講師となっていた。
葉書の端的、何気ない文面からは、この師弟の間の、隔意のなさ、あふれんばかりの情愛がにじむ。先生からこんな言葉をかけられる門弟の、なんと幸福なことか。逆にいえば、寅彦にもそれだけの魅力があった。
翻って私たちは、こうした声をかけられる年少の友人や、声をかけてくれる先輩を、持てているだろうか。己の人生の来し方をも振り返る。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。