禅宗寺院に伝わる質の高い絵画、書、工芸品が、かつてない規模で集められた展覧会「禅-心をかたちに-」が、東京・上野の東京国立博物館で開かれています(~11月27日まで)。禅宗三大宗派のうちの一つ、臨済宗と黄檗宗の源流に位置する高僧・臨済義玄(りんざいぎげん)禅師の1150年遠諱(おんき/50年ごとに行われる大法要)と、臨済宗中興の祖・白隠慧鶴(はくいんえかく)禅師の250年遠諱とを記念しての開催です。
禅は、人間に本来備わっている仏のような心を、自分を見つめることで自覚しようとします。他の宗派のように特定の経典を持たず、文字に頼ることはしません。坐禅や問答を通し、修行という体験によって、師の心から弟子の心へ直接教えが伝えられます。そのため、悟りを開いた証として弟子に授けられる、師の肖像画=頂相(ちんそう)や、師の袈裟などは、大切にされてきました。展覧会場には、そんな高僧たちの肖像画がずらりと並びます。
たとえば、室町時代に描かれた「臨済義玄像」。賛を書いたのは、アニメ「一休さん」でお馴染みの一休宗純です。臨済は「臨済将軍」とも呼ばれた禅僧で、その指導法は大声を出し、棒で打って弟子を導くとても厳しいものでした。眉をつり上げて、ギッとにらみ、右手に握りしめた拳は今にも飛び出してきそうです。その人柄が伝わってきます。
インドから中国へ禅を伝えた達磨も繰り返し描かれてきました。江戸時代に臨済宗を復興した白隠慧鶴が描いた「達磨像」、通称「朱達磨」は縦2メートルもある大きな絵。ぎょろりと睨みを効かせる目、赤い袈裟と黒く塗り込められた背景のコントラストが目に飛び込んできます。明治学院大学教授の山下裕二さんは次のように説明します。
「頭のてっぺんの輪郭線の下に、薄いあたりの線が何本もあります。これは、下書きの線なんですね。つまり、下書きの線から大きくずれているのです。これだけずれるのだったら下書きの意味がないじゃないかと言いたくなりますが、白隠の絵は、力がこもればこもるほど、下書きの線からずれてしまいます。そういう白隠の身振りが見えてくるところが、好きですね。
背景には達磨図に賛をするときの定番“直指人心見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ)”と書かれています。これは、禅の教えの根幹をなす文言です。どういう意味かごく簡単に言えば、“まっすぐに自分の心を見つめ、自分の心の中に既にある仏の心に目覚めなさい”ということになります」
上の画は、雪舟が77歳の時に描いた大作「慧可断臂図(えかだんぴず)」。岩に向かって坐禅をする達磨に、慧可(えか)という僧が弟子入りを懇願しましたが、なかなか許可が下りません。そこで、慧可は自らの腕を切り落として、熱意を達磨に示しました。図版ではわかりませんが、慧可の腕の付け根には、血を表すためにうっすらと朱がさしてあります。
「達磨の衣を表すマジックインキで引いたような太い輪郭線は、背中のところで息切れして、墨を注いでいます。落款(サイン)の最後も、へろへろの情けない字になっています。77歳で畳、一畳分もある巨大な絵を描いたら、こうもなりますよね。雪舟の人間ぽいところが見えてきます。そして、この絵はマンガっぽいところがあって、吹き出しを付けてみると面白いです。慧可は『腕まで切ったんですけれども、入門させてくれませんかね~』と、達磨が『そんなことされてもね~』と言っているようにも見えてきます」(山下さん)
難しいと思われがちな禅画ですが、絵のディテールには描き手の人間味があふれ、とても魅力的。心にひっかかる作品をぜひ会場で見つけてください。
【臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 特別展「禅―心をかたちに―」】
■会期/2016年10月18日(火) ~ 2016年11月27日(日)
※会期中、一部作品、および場面の展示替を行います。
■会場/東京国立博物館 平成館(上野公園)
■住所/東京都台東区上野公園13-9
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■料金/一般1600円(1300円) 大学生1200円(900円) 高校生900円(600円) 中学生以下無料
*( )内は20名以上の団体料金
*障がい者とその介護者一名は無料です。入館の際に障がい者手帳などをご提示ください。
■開館時間/9時30分~17時(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、会期中の金曜日および11月3日(木・祝)、5日(土)は20時まで開館)
■休館日/月曜日
■アクセス/JR上野駅公園口・鶯谷駅南口より徒歩約10分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩約15分
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』