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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「申し訳ありません。もう一度勉強しなおしてまいります」
--8代目桂文楽

落語家の8代目桂文楽は、昭和を代表する名人だった。格調高い話芸で落語通をうならせた。

文楽は明治25年(1892)の生まれ。明治41年(1906)桂小南に入門して落語家を志し、2年後に二ツ目に昇進。その後、紆余曲折があり、真打ちに昇進したのは大正7年(1918)だった。

夏目漱石も落語好きだった。正岡子規と親交を深めたのも、互いに寄席通いを趣味としていたことを知ったことがきっかけともいわれる。漱石の贔屓は、3代目柳家小さんと初代三遊亭円遊。小説『三四郎』の中では、登場人物にこんな台詞を言わせている。

「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである。今から少し前に生れても小さんは聞けない。少し後れても同様だ--円遊も旨い」

ひょっとすると、漱石が足を運んだ寄席で、偶然、二ツ目時代の文楽を聴くことがあったかも。そんな想像もしてみたくなる。

真打ち昇進から半世紀余を積み重ねた昭和46年(1971)8月31日、文楽は国立劇場の第42回落語研究会の高座にのぼった。演目は「大仏餅」だった。文楽の持ちネタは多くはなかった。ひとつひとつの噺を、時間をかけて徹底的に練り上げて自分のものにしていくやり方から、自然とそうなったのである。そのかわり、いったんものにした噺に揺るぎはなかった。

ところが、この日の文楽は、噺の途中で絶句した。どうしたことか、噺のなかに登場する「神谷幸右衛門」という人物名をド忘れしてしまったのである。信じがたい光景であった。

ここで文楽は深々と客席に向かってお辞儀をした。そして一言、掲出のように挨拶を述べ、静かに舞台の袖に消えていった。時に文楽、78歳。これ以降、二度と高座にあがることはなかった。

文楽はしばらく前からこの日がくるのを予期し、お詫びのことばの稽古まで重ねていたという。文楽ならではの逸話であろう。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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