文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「運の十さ」
--海野十三

海野十三は明治30年(1897)徳島生まれの作家。本名は佐野昌一。洒落っけと、あそび心に富んだ人だった。麻雀の達人としても知られたこの人に、ある日、こんなことを尋ねた者があった。

「麻雀で運と実力の割合は?」

そのとき、すかさず彼が発した答えが、掲出の「運の十さ」だった。ここからペンネームが生まれた、とも伝えられる。

そんな彼だからこそ、平凡な役人づとめに飽き足らず、つい二足の草鞋を履くことになったのかもしれない。

もともとは理系の人。早大理工学部を卒業し、逓信省電気試験所に入所。技師として、無線の研究に従事していた。

書き手としての海野は、そうした自らの専門性を生かし、ユニークな理化学トリックを駆使した探偵小説から出発した。実質的な処女作は、雑誌『新青年』に発表の『電気風呂の怪死事件』。知人を介して、当時『新青年』の編集長をつとめていた横溝正史を紹介されたことが、本格デビューにつながったのだった。

海野はその後しばらく、横溝正史や江戸川乱歩、小栗虫太郎らと交遊を持ちながら、わが国の探偵小説界をリードする役割を担う。シャーロック・ホームズをもじった名探偵・帆村荘六が活躍するシリーズなども生み出した。

しかし、横溢するあそび心から、次第に論理的作品を離れ、空想科学小説へと転じた。最後は、「日本のSFの父」という称号を与えられるまでになっていった。

東京・世田谷区の世田谷文学館を写真家の高橋昌嗣さんとともに訪れ、そんな海野十三が愛用していた8ミリ映写機を取材・撮影させてもらったことがある。

アメリカのイーストマン・コダック社製。黒の艶消し。背丈20センチほどのその硬質のボディに写真撮影用のライトを照射すると、背後の壁面に現実遊離の空想世界が、ぬっと現われ出たように思えた一瞬があった。まさに海野十三の作品世界を投影するように。

写真家・高橋昌嗣さんの写真展『高橋昌嗣展 文士の逸品 物から物語へ。』が、いま東京・阿佐ヶ谷の「アートスペース煌翔」(杉並区阿佐谷南 3- 2-29 電話03・3393・6337)で開催中だ。漱石遺愛の剃刀や留学時に使用していた名刺なども、迫力満点の写真で見ることができる(10月28日まで)。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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