宮部みゆき著『三鬼』の表紙と挿絵を担当した日本画家の北村さゆりさん。物語に登場する黒白の間をイメージした兒嶋画廊の一角で。

毎日発行される新聞に掲載される新聞小説。夏目漱石が朝日新聞で数々の作品を発表したように、その歴史は古い。新聞小説には挿画がつきもの。『虞美人草』や『明暗』『 それから』といった漱石作品の挿画は浮世絵師の名取春仙が描いたし、司馬遼太郎と須田剋太、泉鏡花と鏑木清方といった名コンビも新聞小説が舞台だった。

村松友視の『悪友の条件』、山本兼一の『命もいらず名もいらず』といった新聞小説の挿画を描いた気鋭の日本画家・北村さゆりさんも、2015年6月1日から1年1か月に渡って日経新聞に連載された宮部みゆきさんの『三島屋変調百物語』シリーズの挿画を描いている。(ちなみに『サライ』本誌連載「半島をゆく」の挿画を担当しているのも北村さんである)

北村さんが挿画を担当した日経新聞連載の『迷いの旅籠』『食客ひだる神』『三鬼』『おくらさま』の4小説は、昨年12月に『三鬼―三島屋変調百物語四之続』として単行本にまとめられて刊行されている。

宮部みゆき著『三鬼 三島屋変調百物語四之続』(日本経済新聞出版社)

膨大な数の挿画は、いったいどのようにして描かれているのか? 小説家との関係は? 知られざる新聞小説挿画の舞台裏を聞いた。

■読んで、場面を頭に浮かべ、もう一度読み返す

『孤宿の人』(2005年)の単行本表紙で初めて宮部みゆきさんと仕事をしたという北村さゆりさん。宮部さんは雲の上の人のように思っていたという北村さんだが、同年の女性同士ということもあって、感覚的に近いものは感じていたそう。

「宮部さんは江戸時代の庶民ものから現代小説、子供向けのおとぎ話にファンタジーと、多彩な作品を発表されています。私自身も、現代的な要素を取り入れつつ日本画らしさを保ちたいと思っている自分と、何にでも感動する自分とがいて、そういうところが宮部さんとは共通意識を感じます」

『迷いの旅籠』で始まる今回の『三島屋変調百物語』シリーズでは、宮部さんが掲載の2か月前に1か月分の作品をまとめて渡してくれていたので、時間に比較的余裕があり、先の展開がわかるので描きやすかったという。

「まずは作品を読み、普通に感動するところから始まります。そして、漬物のように自分の中に作品を浸透させて、発酵してしんなりしてきたなと思ったところで、挿画の構想を練り始ました」

読んで、深く印象に残った場面を頭に浮かべ、もう一度その場面を読み返して確認。それから描き始めた。

宮部さんから渡される掲載前の原稿に直接イメージ画を描き込む。

「1週間のうち、3日間を挿画のために使う計画で進行しました。どう描くかを決めていったん描き始めると、あとは完成に向かってひた走る感じです」

朝9時半から夜中の2時くらいまで、ほぼずっと根をつめて描き、速い時で3日間で14枚ほど、時間がかかっても9枚ほどは仕上げたという。

北村さんの挿画は、詳細を描き込んだリアルなものもあれば、抽象的なものもあり、根底に北村さんの世界を保ちつつも、「同じ人の挿画とは思えない」との感想が出るほど多彩だ。

「毎日掲載される挿画ですし、見る人が飽きないよう、ハーモニーよりもリズムで描いていた感じです」

連載が始まる前には、イメージを掴むのに少々時間を要したという。確かに最初の頃の作品を見ると、確かに色をたくさん使い、描写が細かい。

「実際に掲載される際には6.5×5.4センチくらいですが、作品は16×14センチほどの大きさで描いています。細かく描いても掲載されると分かりにくくなってしまうと気づいて、途中でスタイルを変えたりしました。同じ新聞でも地方版だとカラーではなくモノクロで掲載されることもあるようですし」

「三鬼」シリーズ

連載が続くうちに、やがて北村さん自身が作品とすっかり一体化し、さっとイメージ通り描けるようになり、連載後半には、シリーズの主人公おちかの顔がはっきりと描かれるようになる。

「おちかちゃんも、作品の中で次第に成長していくんですよね。それに合わせて、最初は抽象的だった私の中のおちかちゃん像も、どんどん具体性を帯びていきました。最初のうちはおちかちゃんの顔をはっきりと描こうとは思っていなかったんですが、最後には描いちゃおう、という気になったんです」

挿画を描く際には、上村松園、鏑木清方、喜多川歌麿、歌川国芳といった近代の日本画家や浮世絵師の作品を参考にしたという北村さん。特に、着物の衿合わせなど、当時の庶民の美意識を描き込むことに挑戦した。風景画には速水御舟や前田青邨、ゴッホ、べン・シャーンの世界観も参考にした。

「『おくらさま』は、私の中でなんとなく洋風に感じていました。だから、どこか洋風な香りのするタッチで描いたつもりです」

宮部さんは北村さんに対してこういう挿画にして欲しいといった指示を出すことはなく、北村さんの感性に任せていた。作家が自身のイメージだけでストーリーも挿画も完成させてしまうより、一読者でもある挿画家に自由に描かせることで、作品そのものの世界がより広がる。作家の挿画家に対する信頼あってこその共同作業だ。

小説が進むに従い、作家と挿画家は互いの世界に吸収され、一体化していった。宮部さんが思っていたままの挿画になることもしばしばあった。

「『さゆりちゃんは千里眼で、私の頭のなかが見えているのではないかと思うほどです』と宮部さんの感想を伝言して頂いたこともありました」(北村さん)

■挿画と空間表現の一体感

こうして描かれた、『迷いの旅籠』をはじめとする4話の新聞小説の挿画原画384点が一堂に会する展覧会「北村さゆり挿画展―宮部みゆり『三鬼』の世界―」が、東京・国分寺の兒嶋画廊で開催されている(~2017年9月30日まで)。

四方を取り巻く白壁いっぱいにずらりと展示された色鮮やかな挿画の数々。顔彩を使った水彩画を中心に、工夫を凝らした技法を使った絵を間近で見ることができる。もみ紙や画仙紙など、紙の種類も様々だ。

画廊の至るところに蓑や長持ち、籠などの古民具が置かれ、挿画とともに『三鬼』の世界を作り上げている。ロフトの2階には、『三島屋変調百物語』シリーズで百物語が語られる三島屋の「黒白の間」まで再現されている。

『三鬼』(新聞では『迷いの旅籠』ほか)の挿絵と古民具が物語の世界を立体的にしている。

ひときわ目を引くのは、目線よりずっと高い位置に掲げられた単行本『三鬼』の表紙の原画である。

蓑で身体を覆って雪山の上を飛ぶ鬼の絵は、物語の悲しさと、人の反映でもあり、恐ろしい形相ながら、どこかぬくもりが感じられる。鬼が人であり、人が鬼であるという作品の世界を北村さんが描き込んでいるからだろう。

「最終回の挿画にオマケがあるので会場で確かめて欲しい」とは北村さんの弁。

単行本『三鬼』表紙の原画。雪粒の大小まで細かく手書きされており、迫力がある。

印刷物として世に発表される挿画や表紙。その原画を直に見ると、それぞれの作品への理解や愛着もより一層深まりそうだ。ぜひ会場で、素晴らしい原画の数々をご覧いただきたい。

【プロフィール】
北村さゆり:昭和35年、静岡県生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。日本画を描く傍ら、小説本の表紙絵や新聞連載小説挿絵、文芸誌挿絵など幅広く活躍。最近では宮部みゆき『三鬼―三島屋変調百物語四之続』単行本表紙、月刊誌『サライ』連載「半島をゆく」でも挿画を担当。

【北村さゆり挿画展―宮部みゆき『三鬼』の世界】
■会期:開催中~2017年9月30日
■会場:丘の上APT/兒嶋画廊
http://www.gallery-kojima.jp/about/

■住所:東京都国分寺市泉1-5-16
■電話:042-207-7918
■時間:12時~18時
■定休日:月曜
■料金:無料
※作家在廊日:9月1日、2日、9日、17日、23日

文/一乗谷かおり

 

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