徒然草の主テーマ「生と死」にまつわる言葉2つ【兼好さんの遺言を読む 第5回】

文/酒寄美智子

鎌倉時代の文筆家・吉田兼好は、著書・徒然草の中で人間の生と死についてもさまざまなことを語っています。

古典評論家で文筆家の清川妙さんによれば、そんな生と死にまつわる言葉の数々こそが「徒然草のいちばんのメインテーマ」。徒然草の「生死観」は、それほどの重みと迫力を持っています。

15歳で徒然草と出会い、2014年に94歳で亡くなるまで、兼好さんの言葉を自らの指針とし続けた清川さん。本稿では、そんな清川さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』(小学館)をたよりに徒然草の言葉を味わってきました。最後となる今回は、「生と死」にまつわる言葉を2つご紹介します。

■1:「死はちっとも気づかないうちに、背後に音もなく迫ってきているのだ」

私たちみんなに平等にやってくる“死”について、『兼好さんの遺言』には徒然草のこんな言葉が紹介されています。まずは、清川さんの訳文から。

『死ぬ時期は年齢にかまわず、順序を待たないでやってくる。死は前の方から来るとは限らない。人がちっとも気づかないうちに、背後に音もなく迫ってきているのだ。
人はみな、死というものがということは知っている。だが、その死というものは、まさかやってくるとは思ってもいないときに、突然やってくる。
それは、はるか沖のほうまで干潟となっているときには、潮が満ちるとも見えないのに、突然に磯の方から潮が満ちてくるのとはおなじようなのだ――。』(本書より、第百五十五段・訳)

それまでも徒然草を隅々まで繰り返し読み、この箇所も「以前から知っていた」という清川さん。しかし、あるできごとに直面し、「ほんとうにそうだ、と身ぶるいした」と綴ります。

それは清川さんが73歳の秋、ご主人との突然の別れでした。

その秋のある朝、清川さんは講演のため長野へ出かけました。玄関先でいつものようにご主人と笑顔で「じゃ、行ってきます」と言葉を交わしたのが最後となり、翌日、ご主人は不慮の出来事で、帰らぬ人となったのです。

『それまでは、言葉はただの知識として、私の頭の上をすべっていっただけだった。その言葉を実感として、はだに触れて感じたのは、夫の死というおごそかな事実が私の身におきた、そのときであった』(本書より)

その半年後、清川さんは再び、つらいできごとに直面しました。息子さんが病でこの世を去ったのです。

清川さんは、死について語る兼好さんの毅然とした言葉とひたすら向き合いました。はじめ強烈な厳しさをもっていたその言葉は、時がたつにつれ、救いの言葉になっていきました。

『死期はついでを待たず。死は前よりしも来たらず、かねてうしろに迫れり。
人皆死ある事を知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来たる。
沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるがごとし。―――第百五十五段』(本書より)

吉田兼好が住んだとされる京都・双が丘(ならびがおか)には仁和寺があり、徒然草にもたびたび登場する。写真は二王門に収められた金剛力士像(阿形像)。

■2:「生きているということを、日々楽しまないでよいものか――」

そしてもう一つ、「生きる」ことについて語った言葉があります。

苦しみの日々を乗り越え、生き直す言葉を求めて徒然草の全巻を再び読み返した清川さんの心に、こんな言葉がひとすじの光のように差し込んできました。

『人、死を憎まば、生を愛すべし。
存命の喜び、日々に楽しまざらんや。―――第九十三段
死を憎まば、とは、ただ死がきらいという意味ではなく、人間はかならず死ぬ、というこの厳然たる事実をみつめ、受け入れ、覚悟するならば、という意味にとりたい。その覚悟をしかと決め、改めて、命というものを見直せば、〈存命の喜び〉=生かされている命を愛する思いは、ひしひしと胸に迫ってくる。生きているということを、日々、楽しまないでよいものか――』(本書より)

この言葉に力を得た清川さん。気づけば、ふたたび今日という日を愛しいと感じられるようになっていたといいます。

『一瞬、一瞬、生きている。いのちの粒が光っている。その一瞬、一瞬を、二度と帰らぬものとして楽しむのだ。充実させるのだ』(本書より)

仁和寺の片隅に咲く彼岸花。秋の彼岸ごろから開花するのでその名がついた。花言葉に「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」などがある。

以上、今回は清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』から、徒然草の「生死観にまつわる言葉」を2つ、ご紹介しました。

本書のタイトル『兼好さんの遺書』には、“兼好さんが遺した、生きるための数々の言葉”という意味が込められています。

「せっかくの一生、けっして無駄にするな。生きている、というそのことを、何よりも喜ぶのだ」――清川さんが受け取った徒然草のメッセージは、何百年にもわたってたくさんの人々に生きる勇気を与えてきました。

清川さんの案内をたよりに、そんな徒然草の珠玉の言葉を味わってみてはいかがでしょうか。

【参考図書】
『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた
(清川妙・著、本体1,300円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388183

文/酒寄美智子

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