文/酒寄美智子
古典評論家で文筆家の清川妙さんが、自らの人生観も織り込んでまとめた『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』(小学館)。
“遺言”とは遺書の言葉ではなく、兼好法師が著書『徒然草』に遺してくれた珠玉の言葉、ということ。同書には、清川さんが15歳のときから2014年に93歳で亡くなるまで人生の指針とした随筆『徒然草』の著者・吉田兼好の“人生の知恵”が詰まっています。
そんな同書から、今回は「人づきあいで大切にしたい言葉」を2つご紹介します。
■「人と人とのつきあいの基本は、一対一で、誠心誠意話すこと」
『徒然草』第五十六段で、兼好さんは人間を“品格”の観点から3つのランクにわけます。最上位に位置づけられる“よき人”、二流の人というニュアンスの“つぎざまの人”、そして、よき人の対極にある“よからぬ人”の3つです。
そして、そのランクは「話し方」に表れてしまう、と兼好さんはいうのです。ちょっと怖くもありますが、清川さんの訳文で兼好さんの言葉に耳を傾けてみましょう。
まずは真ん中ランク、“つぎざまの人”について。
「二流の人は、ついちょっと外に出かけても今日見聞した出来事を、息つくひまもなくペラペラとおもしろおかしくしゃべりまくるものだ――。」(本書より)
おしゃべり好きなだけで“二流”にされてしまうなんて、ちょっと手厳しいですね。そしてさらに下のランク、無教養で品のない“よからぬ人”の話し方はこうです。
「誰にというのではなく、大勢の人のなかに身をのり出して、どんな話にせよ、まるで自分が見てきたことのように(たぶんジェスチャーたっぷりで)しゃべり続けるものだから、聞いている者もおなじように大笑いしながら騒ぎたてる。なんとも騒々しいことよ――。」(本書より)
兼好さんは騒々しいのが大嫌い。でもそれは、一人で静かに過ごしたいから、というだけではないのです。教養もあり、品もある“よき人”の話し方を示す一文を見てみましょう。
「教養あり、品もある人は、たとえ、人がたくさんいるなかで話す場合でも、そのなかの一人に向いて静かに話しかける。すると、ほかの人たちも自然に傾聴するものなのである――。」(本書より)
兼好さんがこの節でもっとも言いたかったことは、「相手の気持ちを汲む」という人づきあいに大切な心のありよう。清川さんはこう続けます。
「彼のいいたいことはきっと、こうなのだ。人と人とのつきあいの基本は、一対一で、相手の目をしっかり見て、その人の心を容れ、自分の心もひらいて、誠実な言葉で、誠心誠意、話すこと、だと。」(本書より)
相手の気持ちも考えず、こちらのしゃべりたいことだけをしゃべるのは品格ある態度とはいえない。たとえ話し方が下手でも、相手の反応を見ながら心を込めてていねいに、それこそが品格ある人の話し方である、そう兼好さんは言っているのです。
■2:「字が下手でも気にかけず、どんどん手紙を書くべし」
兼好さんの人づきあいについての考え方がわかる箇所をもう一つ。それは、「手紙の書き方」についてです。
筆まめの“手紙魔”だったという兼好さん。その手紙に関するアドバイスが書かれた『徒然草』第三十五段を、清川さんの訳文で読んでみましょう。
「字の下手な人が、下手なことなど気にもかけず、どんどん手紙を書くのは、いいことである。しかし、自分の字が下手でみっともないといって、代筆を頼んだりするのは、かえって感じがわるい――。」(本書より)
第三十五段はたったこれだけ。短い文章です。その中で兼好さんは、字が上手かどうかよりも“心を込めてていねいに書いたか”のほうがずっと大切だと説きます。
それは、心を込めて誠心誠意話す“よき人”の姿勢に通じます。
人づきあいは形ではない、と兼好さんはいいます。心を込めて、ていねいに。それが、人生の先輩・兼好さんの生きる知恵です。
以上、今回は清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』から、兼好さん流「人づきあいで大切にしたい言葉」2つをご紹介しました。原文はぜひ、本書をご覧ください。
清川さんお勧めの読み方は『原文を声に出して読む』こと。「その方がずっと理解を助けるし、脳の訓練にも効果的なはず」(本書より)と、原文の音読はうれしいことがいっぱいです。
約800年の時を超えて届いた兼好さんの言葉をきっかけに、気持ちのよい人づきあいについて改めて考えをめぐらしてみませんか?
【参考図書】
『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』
(清川妙・著、本体1,300円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388183
文/酒寄美智子