シーソーゲームか!応仁の乱の均衡を揺さぶったキーマン2人【応仁の乱を読む3】

「真如堂縁起絵巻」にある応仁の乱の場面(小学館『図説 日本文化の歴史6』より)

文/酒寄美智子

550年の時を超え、今「応仁の乱」に熱い視線が集まっています。

これまで「わかりにくい」と敬遠されがちだった応仁の乱が脚光を浴びたきっかけは、中公新書『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(呉座勇一著、中央公論新社)の大ヒットでした。

「複雑でわかりにくい」と敬遠されることも多い応仁の乱ですが、その全容をわかりにくくしている要因の一つが、11年という期間の長さでしょう。そこで本稿では、“なぜ応仁の乱はここまで長引いたのか”という点に着目し、あらためて『応仁の乱』を読み解きます。

はじめから長期化を想定する戦はありません。そのときどきで“戦を終わらせられない理由”があったからこその長期化。その理由にこそ、応仁の乱を理解する手掛かりがあるはずです。

前回までは、乱勃発直後の「将軍・足利義政とその弟・義視の行き違い」「戦法の画期的な変化」に着目しました。今回はその少し後、東軍・西軍の力関係を象徴する二人の人物に注目します。

■1:東軍にダメージを与えた「成身院光宣の死」

1469(文明元)年11月、東軍を支えた重要人物・成身院光宣(じょうしんいん・こうせん)が80歳で亡くなりました。

光宣は、興福寺の僧侶のうち武装して戦をもっぱらに行った「六方衆」の一人で、大和を本拠としていました。

この光宣について、日本中世史を専門とする著書の呉座勇一さん(日本史学者、国際日本文化研究センター助教)はこう綴っています。

「光宣が応仁の乱のキーマンであるという事実は動かないと私は思う。応仁の乱が勃発した要因は複数あるが、直接の引き金になったのは畠山家の家督争いである。(中略)そして畠山家の家督争いがこじれにこじれたのは、義政の無定見だけが原因ではない。弥三郎・長政兄弟を一貫して支援し、義就に徹底的に抗戦した成身院光宣・筒井順永の存在が大きい」(本書より)

畠山家では1454(享徳3)年、畠山持国(はたやま・もちくに)が実子・義就(よしひろ)に家督をゆずったことに家臣の一部が反発し、持国の弟の子・弥三郎を押す陰謀が発覚。弥三郎が若くして没すると弟・弥二郎が政長を名乗り、この「政長(後の東軍)対 義就(後の西軍)」の構図が多くの武将たちを巻き込んで大乱へと発展していきました。

その政長を擁立・支援したのが、成身院光宣その人でした。応仁の乱の口火を切った1467(応仁元)年5月の東軍による一色義直邸急襲も、裏で糸を引いていたのは細川勝元と光宣だったといわれています。77歳にしてのこの活躍には、驚くばかりです。

そんなキーマンの死が戦況に与えた影響も、小さなものではありませんでした。

「大和国一国に限れば、光宣の死は大きな衝撃をもたらした。光宣を失った筒井順永の政治力の低下は覆いがたく、以後、大和の東軍方は苦境に立たされることになる」(本書より)

筒井氏当主・順永(じゅんえい)らを擁し、将軍・足利義政(あしかが・よしまさ)の支持を得ている東軍が“逆賊”・西軍を一気に蹴散らすことができなかった一因には、キーマンの死による東軍・西軍の政治バランスの変化があったのです。

光宣が武装した僧兵「六方衆」として仕えた興福寺。写真の東金堂は1415年に再建されたもので、国宝に指定されている

■2:東軍を盛り返した「朝倉孝景の寝返り」

成身院光宣の影響力が低下していった1469(文明元)年ごろ、戦局は拮抗しながらも西軍優位で推移していました。東軍を支持する将軍・義政はここで、乱を終わらせるため西軍の弱体化をはかった、と呉座さんは指摘します。

「そもそも応仁の乱が一向に終戦の兆しを見せないのは、東西両軍の戦力が拮抗しているからである。均衡を破るには、西軍の一角を調略で切り崩す必要がある」(本書より)

そこで、義政が目をつけたのが、西軍の斯波義廉(しば・よしかど)軍を実質的に指揮していた越前の朝倉孝景(あさくら・たかかげ)でした。

義政は熱心に孝景を勧誘。1471(文明3)年6月、孝景はついに東軍として出陣します。その後、孝景は敗戦を喫するものの、1472(文明4)年に越前を平定しました。

「越前は京都への需要な補給路であり、ここを東軍が押さえたことで、東軍の優位が確立した。朝倉孝景の寝返りが戦局の転換点であたことは学界でも共通認識となっており、義政の見通しの正しさがうかがわれる」(本書より)

この時点で、すでに応仁の乱勃発から5年が経過していました。

*  *  *

今回は、勢力が拮抗する東軍・西軍の力関係に影響をおよぼした2人の人物についてお伝えしました。

本書『応仁の乱』には約300名が登場し、乱の全容が丹念に解説されています。巻末の人名索引を利用し、特定の人物にフォーカスして読むことで、「応仁の乱」をまったく違った角度から眺めることができるのも、本書の魅力の一つです。

次回は、乱の中でも大きな転換点「南帝の擁立」に着目し、さらに『応仁の乱』を読み解いていきます。

【参考書籍】
『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』
(呉座勇一著、本体900円+税、中央公論新社)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/10/102401.html

文/酒寄美智子

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