文/酒寄美智子

鎌倉時代の文筆家・吉田兼好が書いた「徒然草」は、約800年の時を超えて今も愛される名文です。

そんな徒然草を、古典評論家で文筆家の清川妙さんが自らの人生観も織り込んでまとめたのが『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』(小学館)。本書では、2014年に94歳で亡くなった清川さんが15歳の頃から生涯を通して心に留めてきた言葉の数々を味わうことができます。

そんな本書から、“旅”にまつわる兼好さんの言葉を2つご紹介します。

■1:「ほんのちょっとのことにも、案内者はいてほしいものだ」

教科書にも載るほどの名著「徒然草」の中でもとくに有名な一節がこちら。

「少しの事にも、先達はあらまほしきことなり。――第五十二段
『先達』は『せんだつ』ともいい、その道の先輩、指導者、案内者のこと。ほんのちょっとしたことにも、案内者はいてほしいものだ、ということである。」(本書より)

聞いたことがある、という方もいるかもしれません。これには、年老いた仁和寺のお坊さんが念願だった石清水八幡宮へ参拝したときのエピソードが付けられています。

「長年の念願を果たしました」と満足げなお坊さん、じつは石清水八幡宮の麓にある付属の寺社を参拝しただけだった――というオチとともに語られる、実感のこもった一言です。

清川さんも、兼好さんのこの言葉と同じ思いを味わった経験がある、と本書で明かしています。

春先のある日、花ざかりのあしび(馬酔木)を見たいと思い立って新幹線に飛び乗った清川さん。たまたま乗ったタクシーの運転手に「浄瑠璃寺は今、あしびが満開ですよ」と聞き、急きょ浄瑠璃寺を訪ねました。

浄瑠璃寺はこのとき、あしびが満開。花ざかりを堪能し、宿に入った清川さんに、宿の女将さんが声を掛けました。

「浄瑠璃寺にはピンクのあしびがありましたでしょう」

まぁ、残念。見ればよかった。そう心でつぶやいた清川さんには、兼好さんの「どんなことでも、案内者はいてほしいものだよなぁ」という声が聞こえたでしょうか。

800年前の“人のありよう”を言葉で紡ぎ出した兼好さん。人生の師、と仰ぎたくなりますが、こんな共感めいた言葉には、“師”というよりも“友”の方がなじむ気安さがあります。

京都府木津川市にある寺。堀辰雄『浄瑠璃寺の春』の舞台でもある。写真は池を中心とした浄土式庭園と本堂

■2:「日常を忘れて旅に出ているのは、目の覚めるような、清新な気分」

全国各地を講演で飛び回り、英語を勉強して何度もイギリスを一人で旅するなど、旅が日常の一部だったともいえる清川さん。その琴線にふれた言葉がこちらです。

「いずくにもあれ、
しばし旅だちたるこそ、目さむる心地すれ。――第十五段
場所はどこでもいい。しばらくの間、日常を離れて旅に出ているのは、目の覚めるような、清新な気分が得られるものだ――
浮きたつような気持ちのそそられる、〈旅のすすめ〉である。」(本書より)

《目さむる心地》という言葉から清川さんは、自身が88歳で新潟へ一泊の講演旅行へ出かけたときのエピソードを引きます。初めて訪ねる地・新潟に降り立ち、清川さんはうきうきと街歩きを楽しみます。

「今まで新潟といえば、私にとって地図の上の街でしかなかったのに、現地を訪ね、この目で見るのは、まさに”目さむる心地”。」(本書より)

そして、肉体ではなく”心の旅”もまたしかり。

本を読んだり、音楽を聴いたり、映画やお芝居を見たり、といった芸能・芸術にふれることは日常のなかの旅であり、人は心で旅に出ることができる、と清川さん。

新潟から帰った翌日、友人から偶然、一見の価値ありの歌舞伎の演目をやっている、と聞いた清川さん。しかし、その日はもう千秋楽。きっともうチケットもないでしょう、と一度はあきらめかけた清川さんですが、その場で思い直して劇場へ直行し、偶然にもひとつだけ残っていた1階のよい席で演目を楽しむことができたのだそう。

「どうせだめだろう」とあきらめなかったからこそ、”目さむる心地”を味わうことができた清川さん。非日常は日常のすぐ隣にいつもあって、その境を飛び越えるのに必要なのは、はじめから無理だとあきらめない心根なんだよ、そんな兼好さんの声が聞こえてきそうです。

人生をたのしむ達人でもあったであろう兼好さん。その知恵を借りて、私たちも清川さんのように、日常の一コマ一コマに非日常の《目さむる心地》をちりばめて生きたいものです。

清川さんが思い立って観に行ったあしび(あせび・馬酔木)の花。毒性があり、馬が食べると酔ったようにふらふらした歩き方になるからこの名がついたといわれる

*  *  *

以上、今回は清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』から、兼好さん流の「旅の楽しみ方」とそれにまつわる2つの言葉をご紹介しました。詳しくはぜひ、本書をお読みください。

清川さんのおすすめの古典の読み方は、『原文を声に出して読む』こと。本書にも、「徒然草」からたくさんの”兼好さんの遺言=遺してくれた言葉”が引用されています。暗唱して心に刻み込みたい言葉が見つかるかもしれません。

【参考図書】
『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』
(清川妙・著、本体1,300円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388183

文/酒寄美智子

 

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