■だみ声から聴こえる本音
「魅力的な自己表現」はそれこそ人さまざまですから、それぞれの時代にチャーリー・パーカー、マイルス、コルトレーンといった「スター・プレイヤー」がジャズ人気を引き継ぎ、今に至っているというわけなのです。それでは、その大本を切り拓いたサッチモの歌の魅力に焦点を当ててみましょう。
まずはトレードマークともいえる「だみ声」の魅力です。美声の魅力は説明の要もないのですが、だみ声の魅力は不思議です。押しが強く、またアクも強い声がどうして聴き手を惹きつけるのでしょうか?
かつての日本の宰相・田中角栄もまた、だみ声で知られた政治家でした。彼の評価は人さまざまでしょうが、彼の人気の一部が飾りけのないだみ声に負っていることは認めてもよいでしょう。その中身は、いつも本音で選挙民に語りかけているという受け手側の実感と、角栄自身が「彼の主観において」国民の利益を考えているという「相互理解」の賜物のように思えます。
もちろんサッチモは政治家ではないので同じことはいえませんが、似た傾向はあるように思うのです。彼はいつも本音でファンに歌いかけています。でも「プロの歌はいつも本音だろう」というのはちょっと違うように思うのです。なかにはファンを「操ること」が可能な対象と見下し、通俗的な媚を売る歌手もいないではありません。特にテクニックに長けた歌手にはありがち。しかしサッチモはそんなあざといことはしないのです。
また、サッチモはいつも聴衆のことを気にかけています。それは「人気取り」のためというより、「どうしたら伝わるか」ということを誰よりも真剣に考えているからなのです。ですから、彼の「自己表現」はけっして「ひとりよがり」ではなく、「伝えること」「伝わること」に主眼を置いているのですね。とはいえ、彼はそのために「言いたいこと」を曲げたりはしません。そういう意味では、見かけによらず「頑固」なのです。
そんなサッチモのだみ声から聴こえてくるのは、本音だからこその「親しみ」と、言いたいことをちゃんと伝えようという「誠意」といってもいいのではないでしょうか。私たちが彼の歌を聴いて感じる親しみと安心感は、こうした彼の「まっすぐな人間性」に負っているように思えるのです。
前述したように、ジャズ・スタイルの変遷はほんとうにめまぐるしい限りですが、その出発点にサッチモが「本音の自己表現」と、それを「誠意をもって伝えよう」という「骨太路線」を敷いたからこそ、「ジャズ」は100年の歴史を生き長らえているのです!
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