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「歩く時この杖をつかうと志賀と一緒にいる気がする」(武者小路実篤)【漱石と明治人のことば212】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「歩く時この杖をつかうと志賀と一緒にいる気がすると思った」
--武者小路実篤

白樺派を代表するふたりの作家、武者小路実篤と志賀直哉は、ともに長命であった。武者小路実篤は90歳、志賀直哉は88歳で天寿を全うした。

年齢は志賀がふたつ上。ところが、学習院中等科時代に二度まで落第した。漕艇や自転車などの運動に熱中し、学業を怠った結果だった。

ボート部のユニフォームのランニングシャツ姿の志賀直哉の写真が残されているが、それを見ると、分厚い胸、首から肩、さらに上腕部にかけて、均整のとれた引き締まった筋肉が見事だ。優勝旗を手にした写真もあるから、その打ち込みようも、運動能力もかなりのものであったのだろう。また、愛用の自転車も米国製の「デイトン」と「ランブラー」という高級ブランド。10円あればひとり1か月分の生活費になったというこの時代に、この自転車は160 円と140 円という高価さだったという。

スポーツに熱中しての二度の落第は、志賀直哉の運命を大きく変えた。いつしか武者小路実篤と同級となり、以降、生涯にわたって篤い友情を育み保持していくことになるのである。しかも、仲よくしても、馴れ合うことはなかった。互いに信頼し尊重しつつも衝突を恐れず、切磋琢磨した。

80歳を目前に、志賀直哉は自ら庭木を削って二本の杖をつくった。先端にはすべらぬよう革を巻き、1本は自分が使い、もう1本は武者小路実篤へ贈った。武者小路は感謝の気持ちをこめ、掲出のことばを含む『友情の杖』と題する一文を書いた。

「気軽に話をしている時、志賀が自分で削ったのだと言って杖をくれた。(略)僕はこの頃少し足が弱くなり、歩く癖を少しつけたいと思っている事を志賀は知って杖をくれたのかと思った。少くもこのもらった杖で庭を歩こう、歩く時この杖をつかうと志賀が一緒にいる気がすると思った」

ふたりの長く深い友情を象徴する、長さ90センチ弱、枯淡の味わいを醸すこの二本の杖は、東京・調布市の武者小路実篤記念館に、いまも大切に保管されている。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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