今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「形式論理で人の口を塞ぐことはできるけれども、人の心を服することはできない」
--夏目漱石
国会は「言論の府」とされる。国会議員は国会において、さまざまな施策や課題を議論して、ものごとを決め、進めていく役割を担う。その国会でのやりとりや政治家の答弁を見たり聞いたりしていて、何を言っているのかさっぱりわからない。そうしたことが、ままある。
はっきりわかるのは、記者や秘書を怒鳴りちらし、脅していることば、などというのでは余りに情けない。空しいです。
掲出のことばは、夏目漱石が大正4年(1915)、手帳に書きつけた断片メモである。漱石はさらにこう記している。
「それでは無論理で人の心を服することができるのか。そんなはずもない。論理は実質から湧き出すから生きてくるのである。ころ柿が甘い白砂糖を内部から吹き出すようなものである」
そう、そう。内部から湧き出す実質、すなわち、相手や物事ときちんと向き合って、誠実にことばにしようとする思いが欠如しているから、いくら表面的に繕っていても、一向に伝わってくるものがないのだろう。
念のために言っておくと、「ころ柿」は渋柿の皮をむいて半乾きにしたものを、藁と交互に樽漬けし、さらに乾燥させたもの。表面に白い粉をふき、非常に甘い。昔はおやつとして、たまに食べることがあったが、さまざまなお菓子があふれる昨今は、口にする機会もめっきり減った。
今日は都議会議員選挙。久方ぶりに、ころ柿を味わってみようか、などと思う。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。