今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「料理材料というものが何万何千あるか知らないが、一つとしてそれ独自の持味を有しないものはない」
--北大路魯山人

陶芸家で美食家の料理人としても知られた北大路魯山人は、明治16年(1883)京都で生まれた。生後まもなく他家に貰い子に出され、さらにいくつかの家を転々とした。わずか6歳で家の炊事を手伝うようになったのは、新しく引き取られた家で少しでも役に立ち、養父母に可愛がってもらおうという意識が働いたためかもしれなかった。ほどなくして、飯を炊くにも、三等米を一等米の味に炊きあげるほどの腕を発揮するようになったという。

35歳のとき、友人とともに「大雅堂美術店」を開いた。魯山人はこの店で、売り物の古陶磁を食器として使い、自ら腕をふるった料理を盛って客に供した。このことが評判になり、会員制の「美食倶楽部」が生まれる。最盛期の会員数は200 余名。中には、後藤新平や徳川家達といった政財界の名士の名もあった。

この「美食倶楽部」は、やがて本格料亭「星岡茶寮」へと発展する。山王日枝神社境内の樹林に囲まれた茶寮の調理場では、魯山人の指導のもと、つねに30~40人の料理人が働いていた。魯山人には「料理屋の格はお吸い物の味で決まる」という持論があり、先椀と止め椀の味だけは、どんなに多忙でも自分で確認したという。

魯山人が料理においてもっとも重んじたのは、素材のよさだった。もともと美味いものは、どうしても材料によるので、材料が悪ければ、どんな料理人でもどうすることもできない。そうした考え方が根底にあった。そのため、板場にも「食材の仕入れをする際には、値切らずに一番いいものを買ってこい」と、うるさく言っていた。

だが、魯山人は徒(いたず)らに贅のみを追い求めていたわけではない。丹波・和知川産の活け鮎を夜行列車で運ぶなど、いい材料を入手するのに手間も金も惜しまぬ一方で、畑から引き抜いたばかりの野菜をも最高の素材と讃えた。

掲出のことばは、そんな魯山人が随筆『料理する心とは』の中に綴ったもの。つづけてこうも書いた。

「料理が材料の持味を活かすことにあるとすれば、利用し得るもの総てを利用してこそ、初めて料理という名に価し、料理人たるの資格があると言い得られる。それこそ料理の心というものである」

普通なら廃物として捨ててしまう大根の皮やワサビの軸も無駄にせず、ケチといわれようとも、徹底して使い切る魯山人だった。

のち、50歳過ぎで星岡茶寮を去った魯山人は、作陶に打ち込んだ。すでに鎌倉には星岡窯があった。以前から星岡茶寮で使う器のほとんどは、魯山人の指揮のもと、ここで作られていたのである。

窯場はほどなくフル稼働を始め、年間数千点から1万点超の驚異的なペースで作品を作り出していく。多くの職人が轆轤などの基本の仕事をこなし、魯山人が仕上げの手を入れる。そんな一種の分業体制のようなやり方で、しかし、生まれるのは、まぎれもなく、他の誰にも真似できない魯山人の器なのであった。

昭和30年(1955)、魯山人のもとに、重要無形文化財(人間国宝)指定の打診がもたらされた。普通なら栄誉なことと喜ぶところを、魯山人は即座にはねつけたらしい。このことについて、後日、魯山人は門下の平野雅章にこんなふうに語っていたという。

「現今、芸術の世界にまで勲章が授けられることになり、大いに懐工合のタネになっているらしいが、文部大臣賞とか芸術院賞とか言っても、肝心の文部大臣が芸術のなんたるかを知らない者であっては、どうにもならない。それに作家にとっては、作品が永久にものを言うから、勲章などというアクセサリーはいらないね」

傲岸とも見える強い気概が、魯山人の胸の底にあった。

豊かにして繊細な味と香り、滋養にも富むが、アクが強くて極めて扱いが難しい。そんな料理材料を思わせる魯山人なのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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