玄界灘の洋上に浮かぶ「沖ノ島」(福岡県)が世界遺産に登録されようとしている。

沖ノ島は、福岡県宗像市の神湊から約60㎞の位置にある。朝鮮半島の釜山までは約145㎞。九州と朝鮮半島を結ぶ最短ルート上に位置し、『日本書紀』には「海北道中」と記された重要な航路だった。

『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』より(写真:藤原新也)

この周囲4kmの孤島に聖性が与えられたのは、古代4世紀以降の緊迫した東アジア情勢と関わりがある。中国大陸では王朝が南北に分裂し、朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の3国が覇を競っていた。隣国の混乱は大和朝廷にとっても無縁ではなく、この時期既に航海の安全、国家の安寧を祈る祭祀が行なわれていた。

『日本書紀』には、雄略天皇が宗像に勅使を派遣して祭祀を行なわせたこと、自ら新羅へ出兵する意向を示したが宗像の神に戒められたことが記されるなど、宗像の神は国家にとって重要な存在として位置付けられていた。

古代の日本にとって、東アジア情勢に国家の浮沈がかかっていた。やがて中国に唐という巨大な国家が出現した際には、各地に山城を築いて侵攻に備え、白村江の戦いでは朝鮮半島に出兵する事態に発展した。律令国家として整備が行なわれたのもそのためだ。

こうした「国家の危機」に際しても、沖ノ島では国家による祈りが捧げられていた。それを裏付けるのが、島から出土した8万点にも及ぶ奉献品。全てが国宝に指定され、現在は宗像大社の神宝館に展示されている奉献品は、多くが当時の一級品であることが確認されている。

最高の品を神に捧げて、祈り続けていたのが沖ノ島なのだ。

『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』より(写真:藤原新也)

■1500年以上平和を希求し続けてきた沖ノ島

沖ノ島では今も宗像大社の神職が10日交代で一日も欠かすことなく国家の安寧を祈る祭祀を続けている。海水での禊は真冬であっても欠かすことはない。

一般の人の入島は厳しく制限され、一木一草一石たりとて持ち出してはいけないという掟は世界遺産に登録されたとしても絶対に変わることはないだろう。近年は、世界遺産登録=観光地化の流れが加速しているが、沖ノ島は「立ち入ることができない世界遺産」という稀有な存在になるのだ。

『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』より(写真:藤原新也)

その沖ノ島の全貌を撮影したのが藤原新也だ。『印度放浪』『メメント・モリ』『東京漂流』などで知られる写真家が、宗像大社の特別な許可を得て上陸。撮影した多くの写真が本人の文章とともに編まれ、4月の末に『沖ノ島 神坐す海の正倉院』(小学館)として刊行された。

同書の中で藤原はこう綴っている。

〈この島の情景は写真でしか伝えることができない。人は写真でしか見ることができない。だから私はそれを伝えるために、祈りを込めシャッターを押した〉

藤原が祈りを込めた写真は、古代の人々が国家の安寧を祈り続けた島に残る「神の気」をも捉える。

『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』より(写真:藤原新也)

1500年以上前から始まった祈りは、今も一日も欠かさず続けられている。東アジア情勢が緊迫する中で、平和を希求し続けてきた沖ノ島が世界に注目される意義は深い。

【今日の一冊】
『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』
(藤原新也著、本体1200円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09682249

【関連書籍】
『神の島 沖ノ島』
(著・写真/藤原新也  著/安部龍太郎、本体2,800円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09682081

文/編集部

 

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