今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「金で相場の決まった男は金以外に融通はきかないのである」
--夏目漱石

掲出のことばは、夏目漱石が明治39年(1906)に手帳に書きつけた『断片』の一節。つづけて、漱石は記す。

「金はある意味に於て貴重なものである。彼はこの貴重なものを擁しているから他人から尊敬される、これは誰も異はない。しかし金以外の領分に於て彼は幅を利かし得る人間ではない、金以外の標準を以て社会上の地位を得る人の仲間入りはできない」

前のめりで急速な近代化を進める明治社会では、金の力が必要以上に幅をきかせ、貧富の差も著しく、歪みが見られた。漱石は金銭の大切さを認めながら、金は万能ではないし、金を持っているからといって社会的に偉いわけではないとして、金銭欲にとらわれることの愚かさを繰り返し説いたのである。

去る4月11日、ドイツのサッカー1部リーグのドルトムントの選手たちをのせたバスを標的とする爆発事件があった。日本の香川選手が所属するチームでもあり、テレビや新聞でも大きく報じられていた。ISとの関係も含め、テロ事件の疑いが濃厚かとも思われていた。

ところが、その後、捜査当局がロシア系ドイツ人の男を容疑者として拘束し、思わぬ動機が浮かび上がってきた。容疑者の男は、ドルトムントの運営会社の株価が下落すると儲かる金融商品を購入していて、株価下落を狙って犯行に及んだと見られている、というのである。それも、ドルトムント市内のホテルから試合会場へ向けて出発するバスの動きを、宿泊したホテルの最上階から見ていて、遠隔操作で爆発させたらしい。

許しがたい暴挙である。

漱石は、学習院でおこなった講演『私の個人主義』の中では、金は使われ方によっては人間の徳義心を買い占める、すなわち精神を堕落させる恐れのあることを指摘し、こうも語っている。

「相場で儲けた金が徳義的倫理的に大きな威力を以て働き得るとすれば、どうしても不都合な応用といわなければならない」

「金を所有している人が、相当の徳義心をもって、それを道義上害のないように使いこなすより外に、人心の腐敗を防ぐ道はなくなってしまう」

そのまま現代社会への訓戒となっている。人は金銭の奴隷となってはならないのだ。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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