文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「夫婦は親しきを以て原則とし、親しからざるを以て常態とす。君の夫婦が親しければ原則に叶う。親しからざれば常態に合す。いずれにしても外聞はわるい事にあらず」
--夏目漱石

今日11月22日は、語呂合わせから「いい夫婦」の日とされている。そこで、夏目漱石が夫婦について述べたことばを上に掲げた。明治40年(1907)7月23日付で、門下生の野間真綱あてに書いた手紙からの一節である。

夫婦というものは、原則的には、いつも仲睦まじく暮らしているのが望ましいけれど、世間を見渡してみれば、なかなかそうもいかないものだ。年月を積み重ねるうちには、仲がいいのか悪いのか、なんとなく一緒にいるだけのように見える夫婦も少なくない。まあ、そんなもんだろうさ。漱石はそう語っているのである。

この少しあとに、漱石は、

「有るものは人に借すが僕の家の通則である。遠慮には及ばず。結婚の費用を皆川のような貧乏人に借りるのは不都合である」

と書いているから、野間は結婚を間近に控えていることがわかる。そんな時期にありながら、花嫁候補と喧嘩でもしたのか、あるいは何か気持ちの行き違いでもあって、野間が漱石に愚痴でもこぼしたのだろうか。

漱石はそれをやんわりと受けとめ、ユーモアを添えて包み込むような返事をかえしているのである。

結婚費用のことにも言及しているから、ひょっとして、喧嘩の一因もそこらにあったのか。

文中の「皆川」は、やはり漱石門弟の皆川正禧。野間も皆川も大学を卒業して数年の若者。懐具合に余裕があるわけもない。そんな中で結婚費用の貸し借りなどしようとしているのを知り、漱石は「そんなのは不都合だから、自分が貸してあげるよ」と申し出てもいるわけだ。

漱石はこの8日後、7月31日付でも野間あてに書簡をしたためている。そこには、

「為替で十円あげる。新婚の御祝に何か買って上げようと思うが、二十世紀で金の方が便利だろうと思うから為替にした」

と綴り、こうも書き添える。

「君には毎度御菓子やら何やらもらっている。些少の為替では引き足らん。決して礼を云うてはいけない。この間印税がとれたから上げるばかりだ。上げなくってもどうせ使ってしまう金だ。そう思ってうまいものでも両君で食いたまえ」

どこまでもやさしい漱石先生である。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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