取材・文/藤田麻希
ご飯をよそう器を「茶碗」と呼び、旅館では懐石料理を食べるなど、私たちは知らず知らずのうちに茶の湯をルーツとするものに接しています。しかし、茶道を習っている人以外、その歴史に向き合うことはあまりないかもしれません。
そんな茶の湯の歴史を通観できるまたとない機会が、東京・上野の東京国立博物館で開催されている特別展「茶の湯」(~2017年6月4日まで)です。同館で茶の湯をテーマにした大規模な展覧会が開かれるのは、1980年の「茶の美術」展以来、じつに37年ぶりとのことで、国宝・重要文化財に指定される名碗や茶道具の数々がずらりと展示されています。
しかし、初心者にとっては似たような道具が並んでいるように見えてしまい、正直、戸惑うかもしれません。茶道具はほかの美術品とは違い、戦国武将の誰それが持っていた、有名な茶人が残した茶会記に記されているなど、その道具が辿ってきた歴史も含めて価値が生じるもの。観賞にあたっても、道具にまつわる背景をある程度知っておく必要があるからです。
そこで今回は、名品だらけの同展会場から、とくに注目いただきたい3碗をピックアップしてご紹介します。これらの背景を知っておくだけで、展覧会をより楽しめるはずです。
■1:青磁輪花茶碗 銘 馬蝗絆(重要文化財)
喫茶の風習が日本で本格的に浸透するのは12世紀頃から。中国へ留学した僧侶が、文化や道具を禅宗寺院へ伝え、やがて武家や公家へ広まっていきました。室町時代に入ると、足利将軍家が自らの力を見せつけるかのように、中国産の舶来の道具「唐物(からもの)」のコレクションを築きます。
この「青磁輪花茶碗 銘 馬蝗絆(ばこうはん)」は、かつて足利将軍家が所持していた茶碗です。平安時代末期に、平重盛が中国の禅寺に寄付した返礼の品として贈られたという伝承があります。その後、この茶碗を手に入れた足利義政は、ひびがはいってしまったので代替できるものを求め中国に送りましたが、当時の明ではこれより優れたものを作ることができないとして、鎹(かすがい)で修理した状態で送り返されたそうです。
その鎹が大きなイナゴ(馬蝗)に見えたので、「馬蝗絆」(ばこうはん)という銘が付きました。
■2:油滴天目(国宝)
鎌倉時代後期、中国浙江省の天目山(てんもくざん)で学んだ禅僧が、寺で使われていた黒い茶碗を持ち帰りました。そこから、やがて日本では黒釉のかかった焼き物を、広く「天目(てんもく)」と呼ぶようになります。
天目のなかにも様々な種類がありますが、そのなかの一つ、「油滴天目(ゆてきてんもく)」は水に浮かぶ油の滴のような幻想的な斑文が表面に浮かび上がっているもの。足利将軍家における唐物の価値とその飾り方を記した『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』では、かの「曜変天目(ようへんてんもく)」に次ぐ高い評価が与えられました。
そのなかでも本碗は、桃山時代に関白の豊臣秀次が所持したことから、特に名高い一品です。
■3:黒楽茶碗 銘 ムキ栗(重要文化財)
織田信長や豊臣秀吉の茶頭を務めた千利休は、既存の価値基準を改革し、わび茶を大成しました。そして唐物ばかりを珍重するのではなく、自身の眼であらたに道具を見出していきました。
たとえば床飾りは、南宋の絵画から禅僧の書に変わりました。それまで舶来の青磁を用いていた花入には、漁師が腰にぶら下げていた魚籠(びく)を採用しました。
また60歳前後から、京都の陶工・長次郎に自分の理想とする茶碗を焼かせました。既製品を見立てた茶器ではなく、茶の湯のための茶器が誕生したのです。それが樂茶碗です。
轆轤(ろくろ)ではなく、手で成形する手捏ねで作られるのが大きな特徴。形も天目茶碗のように下から上に向かって広がる漏斗形(じょうごがた)ではなく、半筒形で、装飾性は極限まで削ぎ落とされています。
今回の展覧会では茶碗の展示にも工夫がされているそうです。
「お茶碗の展示ケースが特別仕様になっています。私達の目には入らない仕組みで、下からの光がお茶碗本体に当たり、茶碗の側面が照らされます。とくに樂茶碗の側面のヘラの入り具合がよく見えるようになっています。下の方からぐるぐるのぞいてお楽しみください」(東京国立博物館主任研究員 三笠景子さん)
貴重な名碗や茶道具が勢揃いするだけでなく、茶碗以外にも足利将軍家旧蔵の貴重な唐物の絵画なども出品されています。この機会にぜひ足をお運びください。
【今日の展覧会】
『特別展 茶の湯』
■会期/開催中〜2017年6月4日(日)
■会場/東京国立博物館 平成館(上野公園)
■住所/東京都台東区上野公園13-9
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開館時間/9:30~17:00 ※入館は閉館の30分前まで。
※金曜・土曜は午後9時まで、日曜は午後6時まで開館。ゴールデンウィーク期間中の4月30日(日)、5月3日(水・祝)〜5月7日(日)は午後9時まで。
■休館日/月曜日
■展覧会公式サイト/http://chanoyu2017.jp/index.html
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』