取材・文/藤田麻希

日本史の授業で、必ずと言ってよいほど教わる鎌倉新仏教(浄土宗、臨済宗、浄土真宗、曹洞宗、日蓮宗、時宗)。名前自体は覚えたものの、そのそれぞれについて詳しく知る機会はさほどなかったかもしれません。この記事では、そのなかの一つである時宗に着目したいと思います。時宗の開祖・一遍智真(1239~89)は、その生涯を遊行に捧げました。特定の寺に住むことなく、全国をめぐりながら、「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰もが往生できると説き、お札を配ってまわる賦算を行い、踊り念仏をしながら、さまざまな階層の人に救いを与えました。その足跡は、北は奥州江刺(現在の岩手県南部)から南は大隅(現在の鹿児島県東部)まで、広範囲に渡っています。

重要文化財 《真教上人坐像》 鎌倉時代、神奈川・蓮台寺蔵、通期

重要文化財 《真教上人坐像》 鎌倉時代、神奈川・蓮台寺蔵、通期

一遍は自身一代限りと考えていたため寺院なども建立しませんでしたが、一遍入滅後も教えを求める人は絶えず、二祖の他阿真教(たあしんきょう)によって、教団としての時宗が創設されました。今年は、その真教上人の700年遠忌にあたる年です。そこで、時宗と関わりの深い京都で、「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」展が開催されています。

なんといっても注目なのは、国宝「一遍聖絵」全12巻が展示されることです。一遍の生涯を絵画化したもので、一遍の高弟・聖戒が詞書を担当し、円伊という画家が絵筆をとり、一遍が亡くなってから10年後に完成させました。一遍は著書を残さず、蔵書でさえも亡くなる前に焼き払ってしまったといいます。『一遍聖絵』は、そんな一遍の足跡を辿るために欠かせない根本資料です。

また、『一遍聖絵』は美術の立場からも唯一無二の存在です。その魅力は山程あるのですが、特筆されるところを3点あげました。

■ポイント1:絹に描かれている
国宝 《一遍聖絵》(巻2、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻2、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

一般的な絵巻は紙に描かれることがほとんどなのですが、『一遍聖絵』は絹に描かれています。ほかに著名な絵巻で絹地に描かれているのは、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する『春日権現験記絵』ぐらい。大変珍しいです。当然ながら紙よりも絹は高価ですし、労力や描く際のスキルも要します。以前、解体修理をした際に、絹の裏から絵の具を塗り画面に深みをもたせる裏彩色の技法が全面的に施されていたことがわかりました。並々ならぬ力を入れて制作された絵巻であることが伝わります。

■ポイント2:俯瞰視点
国宝 《一遍聖絵》(巻3、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻3、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻6、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は後期(5/14~6/9)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻6、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は後期(5/14~6/9)展示

一遍の生涯を伝える絵巻なのですから、主人公の一遍を大きく描きそうなものですが、この絵巻は、ほとんどの場面を俯瞰的な視点で描きます。一遍の姿も全巻にわたって小さめで、その肌が黒っぽく描かれていること(遊行したことによる日焼け?)によって、どこにいるかかろうじてわかります。一遍が訪れた社寺の景観を詳細に描くことが重視されており、名所絵のように楽しむことも想定していたのかもしれません。富士山も雄大に描かれています。現代人は空撮した映像なども見慣れていますが、当時の絵師はそのように見たことはなかったはず。絵師の想像力に驚かされます。

■ポイント3:当時の生活がよくわかる
国宝 《一遍聖絵》(巻12、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は後期(5/14~6/9)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻12、部分) 円伊筆、鎌倉時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、通期(巻替あり)*この場面は後期(5/14~6/9)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻7、部分) 円伊筆、鎌倉時代、東京国立博物館蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

国宝 《一遍聖絵》(巻7、部分) 円伊筆、鎌倉時代、東京国立博物館蔵、通期(巻替あり)*この場面は前期(4/13~5/12)展示

高貴な人から僧侶、庶民にいたるまで、当時の様子が生き生きと描写されています。とくに、群衆が一遍のもとに群がっているシーンは熱気にあふれています。肩車をされながら、お札を配る一遍、建物の屋根に登ってまでその姿を見ようとするもの、踊り念仏をする建物の脚にしがみつく子供、念仏の音を聞いてやってくる琵琶法師、駆け回る犬や当時の商店など。非常に緻密に描かれているため、宗教のことにさほど興味がなかったとしても、十分楽しめます。ただ、これだけ素晴らしい絵を残したにもかかわらず、奥書に記される円伊がどのような人物だったのか、他にどのような作品を残したのかなど、何もわかっていません。

展覧会には、このほかにも時宗のお寺に伝わった絵画や彫刻なども展示されています。

重要文化財 《後醍醐天皇像》 南北朝時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、前期(4/13~5/12)

重要文化財 《後醍醐天皇像》 南北朝時代、神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵、前期(4/13~5/12)

重要文化財 《阿弥陀如来立像》 鎌倉時代、滋賀・阿弥陀寺蔵、通期、写真:大津市歴史博物館

重要文化財 《阿弥陀如来立像》 鎌倉時代、滋賀・阿弥陀寺蔵、通期、写真:大津市歴史博物館

この展覧会を担当した、京都国立博物館・学芸部連携協力室長の淺湫 毅(あさぬま・たけし)さんは、次のように展覧会の魅力を説明します。

「この展覧会は、京都で初めて開催される時宗をテーマにした総合的な展覧会になります。主役である国宝の『一遍聖絵』全12巻を前期後期で場面替えしながらすべて展示するほか、遊行の様子を伝える絵画や道具類、遊行上人の肖像彫刻、時宗の道場に伝わる名宝など、国宝3件、重要文化座34件を含む132件が出陳されます。また、展覧会のための事前調査で、正法寺の『阿弥陀如来立像』の頭部納入品についてなど、いくつかの新発見がありました。有名な作品もあれば、新発見の内容も盛り込まれていて、レコードに例えて言えば、ベストアルバム1枚とニューアルバム1枚がついた、大変お得な展覧会ということになります」

『一遍聖絵』をじっくり見出したら、いくら時間があっても足りないほど。余裕をもってお出かけください。

【特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」】

■会期:2019年4月13日(土)~ 6月9日(日)
■前期:2019年4月13日(土)~ 5月12日(日)
■後期:2019年5月14日(火)~ 6月9日(日)
※会期中、一部の作品は上記以外にも展示替を行います。
■会場:京都国立博物館 平成知新館
■住所:〒605-0931京都市東山区茶屋町527
■電話番号:075-525-2473(テレホンサービス)
■展覧会特設サイト:https://www.kyohaku.go.jp/jp/special/index.html
■開室時間:火~木・日曜日 9:30~18:00(入館は17:30まで)
金・土曜日 9:30~20:00(入館は19:30まで)
■休館日:月曜日
※ただし、月曜日が祝日・休日となる場合は開館し、翌火曜日を休館とします。
※2019年4月29日(月・祝)から5月6日(月・休)までは続けて開館し、5月7日(火)を休館とします。

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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