「かつて跪ずいた記憶が、やがてその頭に足を載せようとする」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば107】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「かつてはその人の膝の前に跪ずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです」
--夏目漱石

昨日のつづきで、向田邦子の『父の詫び状』を読んでいると(つい読まされてしまうだけの随筆名人なのだ、向田邦子という人は)、父・向田敏雄のこんな逸話が書かれていた。

保険会社の地方支店長だった彼女の父は、仕事柄、宴会帰りの流れで、ほろ酔い機嫌で客を連れてくることも多かった。そのように客の多い家だからと、父親は家族の靴の脱ぎ方や揃え方には、ひどくうるさかった。そのくせ、自身の靴の脱ぎ方は荒っぽく、沓脱ぎの石の上に放り出すように脱ぎ散らす。元来が身綺麗で几帳面な人なのに、靴の脱ぎ方だけは別人のようであった。

邦子が母に文句をいうと、母が訳を聞かせてくれる。父は生まれ育ちの不幸な人で、針仕事をして細々と生計を立てる母親に女手ひとつで育てられた。いつも親戚や知人の家に間借りする生活で、いつも「履物は揃えて、なるべく隅に脱ぐように」と言われて育った。

そのため、早く出世して一軒の家に住み、玄関の真ん中に威張って靴を脱ぎたいと思うようになったと、結婚したての頃に語っていた。積年の恨みつらみが、靴の脱ぎ方にあらわれていたのだ、というわけ。

向田邦子は、父親の所作を通して、さりげなく人生の哀歓を描き出している。

読後、私の頭に掲出のことばが思い出された。夏目漱石が、名作『こころ』の中に「先生」の台詞として綴ったものだ。人間心理の微妙な綾をつかまえている。漱石はさらにこう続ける。

「私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥ぞけたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

漱石の目は、現代人の心の奥に巣くう孤独をじっと見つめている。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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