「世の中は苦にすると何でも苦になる」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば76】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「世の中は苦にすると何でも苦になる。苦にせぬと大概なことは平気でいられる。また平気でなくては二十世紀に生存はできん」
--夏目漱石

夏目漱石が、門弟の中村古峡あてに書いた手紙(明治40年5月26日付)の中のことばである。

生きていると、いろいろと苦しいこと辛いこともあるけれど、「まあ、世間とはそんなものだ」くらいに気持ちを切り換えて、平気の平左、もう少し図太く構えて気楽にしていてもいいんじゃないか。

漱石は、私たちをそう励ましてくれているようだ。

漱石の生きた時代は、19世紀末から20世紀の初めだが、21世紀の今にもそのまま当てはまる人間の真性をとらえている。私たちはもちろん、「二十世紀」を「二十一世紀」に置き換えて、漱石のことばを受け取ればいい。

漱石自身も、深い懊悩の中に何度か沈みかけた体験もあった。根は生真面目で真っ正直な漱石だが、それだけでは煮詰まり、息がつまってしまうこともわかっていただろう。だからこそ、若い門弟たちには、正面から真摯なアドバイスを与える一方で、ふっと抜け道をつくってやる。

どれだけの若い人たちが、漱石のこんなことばや態度に救われたことか。最古参の門下生のひとりで物理学者の寺田寅彦が、次のように記していたのを想起する。

「色々な不幸のために心が重くなったときに、先生に会って話をしていると心の重荷がいつの間にか軽くなっていた。不平や煩悶のために心の暗くなった時に先生と相対していると、そういう心の黒雲が綺麗に吹き払われ、新しい気分で自分の仕事に全力を注ぐことが出来た。先生というものの存在そのものが心の糧となり医薬となるのであった」(『夏目漱石先生の追憶』)

漱石という師の存在が、どれほど寅彦を温かく包み込んでいたかが如実に伝わってくる。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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