取材・文/池田充枝
18世紀にかけて、自然科学の発達とともに啓蒙思想がヨーロッパを席巻するなか、それまで不可思議とされてきたことが徐々に解明されていき、心の闇には光が当てられるようになります。そして美術の世界では、理想的な古代風景を合成するものや、実景に架空の要素を加えたカプリッチョ(奇想画)といった風景画が生まれてきました。
産業革命後の19世紀になると、近代化・都市化が進み、人間疎外や逃避願望を背景として形成された象徴主義において、かつての幻想絵画が引き継がれていきました。画家たちは心の中の世界を、あるいは心の闇を、自らの作品として表現し、個性と独自性を追求する取り込みのなかで数多くの秀作を生み出しました。
なかでも現在のベルギーとその周辺地域では、中世末期から発達してきた写実的描写の伝統の上に、幻想絵画(ファンタスティック・ペインティング)というカテゴリーの絵画が生み出されていきました。
それは、空想でしかありえなかった事物を視覚化した想像画(イマジナリー・ペインティング)でもありました。ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)といったフランドルの画家たちが描いた、悪魔や怪物といった異形のものの写実的な姿は、「本物」と感じさせるほどの迫真性に満ちていました。
そんな「ベルギーの奇想絵画」の全貌を一覧できる展覧会が、栃木県の宇都宮美術館で開かれています。(~2017年5月7日まで。その後は東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムに巡回)本展は、ベルギーとその周辺地域において幻想的な世界を作り出した画家たちの一連の流れを、15、16世紀のフランドル絵画から、現代のコンテンポラリー・アートにいたるまでの国内外の作品約120点によって紹介します。
本展の見どころを、宇都宮美術館・学芸課の伊藤伸子さんにうかがいました。
「展覧会を前に行われた科学的、資料的な調査の結果、ヒエロニムス・ボスの《トゥヌグダルスの幻視》という作品(冒頭の画像)が、ボスの存命中に制作された作品である可能性が高まってきました。ボスの工房またはボスに非常に近い追随者、あるいは共同制作者の手になるものと言えるでしょう。ボスは真筆とされる作品がとても少ない画家ですので、日本初公開となるこの作品をぜひご覧いただきたいと思います。
また現代美術パートも見逃せません。15世紀以来描き継がれてきたモチーフの再登場など、意外な発見を楽しんでいただけると思います」
奇想画家の系譜をたどりつつ、ベルギーの500年にわたる美術史を通観できる貴重な展覧会です。お見逃しなく。
【宇都宮美術館開館20周年記念 ベルギー 奇想の系譜展 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで】
■会期:2017年3月19日(日)~5月7日(日)
■会場:宇都宮美術館
■住所:栃木県宇都宮市長岡町1077
■電話番号:028・643・0100
■ウェブサイト:http://u-moa.jp
■開館時間:9時30分から17時まで(入館は16時30分まで)
■休館日:月曜日(ただし3月20日、5月1日は開館)と祝日の翌日(ただし5月6日は開館)
■料金:一般1000(800)円 大高生800(640)円 中小生600(480)円 ( )内は20名以上の団体料金、身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳所持者と介護者1名は無料、4月1日の市民の日は宇都宮市民は無料
■アクセス:JR宇都宮駅西口5番バス乗場より「豊郷台・帝京大学経由宇都宮美術館」行きで終点下車
※本展は、東京・渋谷の「Bunkamuraザ・ミュージアム」に巡回されます(7月15日~9月24日)
取材・文/池田充枝