文/藤本一路(酒販店『白菊屋』店長)

春の霞を思わせる「花さかゆうほ」(1800ml 3190円(税込み))

今年も花見の季節がやってきました。全国各地の桜の開花状況が連日ニュースで取りざたされています。世の飲兵衛たちは花見の日取りを決めたものの、天気予報を見ながら一喜一憂していることでしょうか。

満開の桜の下、人が大勢集まって賑やかに酒食を楽しむ、そんな春恒例の花見が大衆の娯楽になったのは18世紀の初め頃。江戸時代も元禄から享保にかけて8代将軍の徳川吉宗が、東は向島、北は飛鳥山、南は御殿山と、計画的に江戸の町に花見の名所を設けてからです。

花見の宴は、じつは日本だけに特有の文化です。世界にはほとんど例がありません。例外的に外国で花見の飲食を楽しむのはブラジルなどの日系移民の社会に限られるのだそうですが、さて――。

朝もやの中に霞む山々の麓にある御祖酒造

今頃から4月中旬にかけて、私の店には沢山のお客様が「お花見用の酒」を買い求めに来られます。そんなときに、ほぼ例外なくお薦めしている日本酒が、今回ご紹介する『遊穂 純米吟醸無濾過生原酒・花さかゆうほ』です。

一時代前には到底考えられなかったようなショッキングピンクのラベルが印象的で、「花さかゆうほ」というネーミングと共に、心躍る花の時節にピッタリな日本酒ではないでしょうか。

このお酒は、減農薬栽培された兵庫県産「山田錦」と長野県産「美山錦」の2種類の酒米を使用、きわめて丁寧に仕込まれた新酒ならではの爽やかな香りが特徴です。

瓶詰をする際に、醪(もろみ)の一部である、いわゆる滓(おり)が入って薄濁りの状態になっています。お酒を注いだグラスや杯のなかは、ほのかに白く霞んだ色合いになります。まるで春霞がたなびくように。その雰囲気もまた花に浮かれたい、酒好きの心をくすぐります。

滓のなかの生きた酵母の働きにより、瓶の中で二次発酵が起こり、若干ですが炭酸ガスが発生しています。

そのぴちぴちとはじける炭酸ガスの刺激によって、口当たりの軽快さが増して、ジューシィな旨みはたっぷり、味わいを下支えする酸も心地良く、まさに春をイメージさせるお酒に仕上がっています。

米を浸漬し吸水具合を確かめる横道杜氏

 

『遊穂』を醸す「御祖(みおや)酒造」は、石川県の能登半島の付け根に位置する羽咋市(はくいし)の東部にあります。創業は明治30年(1897)。「ほまれ」という銘柄で長く地元で親しまれてきた酒蔵です。

明治・大正・そして昭和も戦前・戦後の時代の推移のなで、幾多の紆余曲折を経て蔵は今に至っています。

元来、男性社会的な色合いが濃い酒造業界ですが、ここ御祖酒造を牽引するのは藤田美穂(ふじた・みほ)さんという女性蔵元です。

美穂さんが蔵元を継いだ経緯はこうです。先代蔵元だった叔父が2003年に急逝します。そのために、先々代の愛娘である美穂さんに、急遽、白羽の矢が立てられたのです。

米を蒸しあげスコップで掘り出す作業

美穂さんは東京の玩具メーカーのOLとして勤務、酒造りとはまるで無縁の人生を歩んでいました。そんな彼女が突然の酒蔵経営を任されるという事態になったのですが――まだ日本酒造りを取り巻く状況はきわめて厳しい時期のこと、にわかに経営が好転するもはずもありません。

蔵元として悩み、悶々とする日々が続くなかの2005年、美穂さんに天啓を伴う嬉しい出来事が起こります。それが能登杜氏の資格を持つ横道俊昭(よこみち・としあき)さんとの運命的な出会いでした。

新たな酒を生み出してくれる杜氏を探していた「御祖酒造」の蔵元・藤田美穂さんに、適任者として能登杜氏組合が横道俊昭さんを引き合わせたのです。

新酒の利き酒する横道杜氏

横道さんは大阪市内で学校の事務職員として働いていました。日本酒が大好きで、よく仕事を終えては同僚と飲みに行っていたそうです。そこまでならごくありがちのことなのですが、横道さんは好きが高じて酒造りに興味を持ち、ついには学校を退職して酒蔵で働き始めたといいます。

滋賀県に始まり、幾つかの酒蔵を経験。どっぷりと酒造りに没頭してゆくなか、気がつけば蔵人を統率する杜氏に登りつめていたという人です。

横道さんの思う日本酒は、しっかりと造り込んで熟成に耐える酸を備え、かつ米の旨みを引き出したコクのあるもの。純米なり山廃仕込みなり、自分の造りたい酒がはっきりしていました。

しかし、組合を通じてオファーがあった御祖酒造は「地元用の普通種がメインの蔵」だと聞いていたこともあって、当初は依頼を断るつもりで蔵元の藤田美穂さんと会ったそうです。

杜氏、蔵人と共に麹造りも手伝う藤田さん

ところが、面接という話し合いのなかで、蔵元の藤田美穂さんが目指す酒質、その方向性が自身の考えとまったく同じだったことから、すぐに2人は意気投合。蔵元と杜氏というコンビを組むことになります。

かくして、新たなブランドとして誕生したのが『遊穂』です。

以来、蔵元と杜氏の明るく賑やかな二人三脚で苦難の時代を切り拓き、今や「石川に遊穂あり」とまで言われるほどになっています。

昨年は蔵元の藤田美穂さん自らが配合も決め醸造もした『生酛純米・玉栄』を発売。ラベルも遊女を連想させる女性が描かれた斬新なデザインでしたが、その中身も素晴らしく大好評でした。

酒母を管理する藤田さん

王道のなかに新しくも面白い試みを常に考えて、飲み手を楽しませてくれる『遊穂』のシリーズには、「ゆうほのしろ」「ゆうほのゆうき」「ゆうほのあか」「山おろし純米」「ゆうほの湯~ほっ。」等々、遊び心のある沢山の季節限定酒があります。

ちなみに『遊穂』というネーミングについてですが――蔵のある羽咋市は江戸時代からUFOが目撃されていたという所なんだそうです。

話の真偽はともかく、羽咋市も観光の目玉としてUFOを推していて、市のマスコット・キャラクターは「サンダー君」という緑色をした宇宙人です。

蔵元と杜氏の二人三脚で待望の新たな酒を生み出したものの、ブランド名にあれこれ悩むうち――ひらめいたのがUFOに因んだ名だったとか。

造り手も常に遊び心を忘れないようにという意味から「遊」を、そして酒米でもある稲穂の「穂」との語呂合わせで「遊穂」に落ち着いたのです。

毎朝、全員で食べる朝食の風景

一見ふざけたネーミングのように受け取る方もいるかも知れませんが、外の世界から飛び込んで蔵元を継いだ藤田さんだからこその自由で斬新なアイデアなのでしょうね。その遊び心いっぱいの発想から、今後もまた新たな飲み手を導く、いくつものお酒が生み出されるに違いありません。

今宵の酒肴は「春キャベツと竹の子の玉子豆腐・鳥そぼろ餡かけ酒粕風味」。それが堂島『雪花菜』の間瀬達郎さんが用意してくれた一品です。

今年の「花さかゆうほ」は例年より新酒らしい渋さと苦味を含む辛口に仕上がっていたこともあり、春キャベツと鳥を使い甘みを補いつつ、締まりをよくする酸にはトマトを使っています。

春キャベツと竹の子が三層に重ねられ玉子で固められた玉子豆腐

料理は見た目よりも優しく上品な味わいで、酒のほろ苦さには春らしく土筆と菜の花で同調させています。

料理は上手くまとまっていますが、冷えた「花さかゆうほ」が持つ新酒特有の荒さが少し気になります。そこで燗をつけて60度まで温度を上げてもらうと、炭酸ガスの微細な気泡が飛んで荒々しさも抜けて、隠れていた甘みが少し顔を出して、じつにまとまりが良くなりました。あらためて酒と料理と口にしてみると、それぞれの味の構成数がぴたりと合って調和しました。

「花さかゆうほ」は、梅の花が咲く2月と、桜が咲き始める3月中旬頃の2回だけ出荷される季節限定酒です。

その酒名について、蔵元の藤田美穂さんは言います。

「飲んで下さる皆さまに笑顔溢れる春がやってきますようにとの願いを込めて、枯れ木に花を咲かせる花咲爺さんから命名しました」

 

さて、お陰様をもちまして、この「今宵の一献」の連載も今回をもって最終回を迎えることになりました。1年24回。日本酒により深く興味を持っていただけるよう、知らない銘柄でも飲みたくなってもらえるよう、造り手の想いと背景も併せて知っていただけるように。そんな気持ちで書いてまいりましたが、果たして伝えられたでしょうか。

ともあれ、お付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました。そして、私も先の藤田さんの言葉に倣って、最後に一言。

「日本酒を愛するすべての人に花が咲くような素敵な人生を!」

トリミング/藤本さんIMG_0403
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。

【白菊屋】
■住所:大阪府高槻市柳川町2-3-2
■電話:072-696-0739
■営業時間:9時~20時
■定休日:水曜
■お店のサイト: 
http://shiragikuya.com/

トリミング/間瀬さん雪花菜7
料理/間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。

【堂島雪花菜(どうじまきらず)】
■住所:大阪市北区堂島3-2-8
■電話:06-6450-0203
■営業時間:11時30分~14時、17時30分~22時
■定休日:日曜
■アクセス:地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分

構成/佐藤俊一

藤本一路さんが各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本をご紹介する連載「今宵の一献」過去記事はこちらをご覧ください。

 

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