今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「生涯に愉快なことは沙の中にまじる金の如く僅かしかなきなり」
--夏目漱石
本年度アカデミー賞最多6部門を受賞した映画『ラ・ラ・ランド』のラストシーンは、切なくほろ苦い。
けっして悲劇ではない。ヒロインとヒーローは自身の思い描いた夢をつかみとっているはずなのに、ひとつの決定的な欠落がある。
それでも、最後の最後、ふたりが交わした頬笑みに、ほろ苦さに裏打ちされた幸福を見るべきなのか。
これが複雑化した今の世の中のひとつの結末。「なるほど、この終わり方ね」と若い人は観るんじゃないのかなぁ。ノスタルジックなミュージカル映画を思わせても、もう古き良き時代のハリウッド映画じゃないのよ。家人は、そんなふうに呟いた。
「小癪なことを言うわい」と思って頷きつつ、私の胸に浮かんだのが掲出のことば。ロンドン留学中の夏目漱石が明治35年(1902)4月17日付で、日本で留守をまもる妻の鏡子へ書いた手紙の中の一節である。
この前後には、次のような文章も見られる。
「ただ面白からぬ中に、時々面白きことのある世界と思いおらるべし。面白き中に面白からぬことのある浮世と思うが故にくるしきなり」
「おれの事だから到底金持になって有福にはくらせないと覚悟はしていて貰わねばならぬ」
おもしろおかしく、豊かな暮らしをしたい。それは誰しもが望むところなのだろう。けれども、そんな理想通りにいくはずもない。何かがうまくいったらうまくいったで、その陰に生まれる不安や悩みもある。
むしろ、思い煩うことの方が多いのが、人生というものなのかもしれない。少なくとも、最初からそう覚悟していれば、日常の暮らしの中のちょっとしたことも大切にして、仕合わせを見出していける。
漱石はそう言って、生きていく上での心構えを促しているのではないだろうか。それはそのまま、私たちへの助言でもある。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。