取材・文/鈴木拓也
約10年にわたり、ひそかなブームとなっている「大人のぬり絵」。もともと子供の知育教材という位置づけであったが、今では多くの出版社がバラエティに富んだ大人向けのぬり絵集を刊行しており、中にはベストセラーとなったものもある。
昨年12月に刊行された『歌舞伎絵巻ぬりえbook』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)もそのひとつ。A4横サイズで100ページあまりの冊子に、歌舞伎をモチーフとした75点もの白絵が掲載されている。豪快でありながら緻密な線描は、幼少期以来はじめてぬり絵集を見た者ですら、思わず画材を手にとりたくなる魅力を放っている。
白絵には、「勧進帳」、「仮名手本忠臣蔵」、「義経千本桜」といった、熱心な歌舞伎ファンでなくともご存知の有名な題材もあれば、約1世紀前の台本をもとに2011年に復活した「碁盤忠信」といった目新しいものもある。くわえて「大江戸文化」をテーマにして、楽屋でかつら合わせをする役者、東海道の日本橋、花見をする大奥といった、江戸時代当時の風俗・風景も描かれているから面白い。
本書が、一般的なぬり絵集と比べて一頭地を抜いているのは、歌舞伎にさほど詳しくない人やぬり絵の初心者に対して、様々な工夫と配慮をこらしている点だろう。導入では、カラーの漫画によって歌舞伎の基礎的な事柄をさりげなく伝え、そのあとで江戸の文様・流行色の一覧という形で使用色を指南する。さらに色鉛筆やパステルといった画材ごとの特徴や隈取の塗り方にも言及している。巻末では、各白絵の背景について解説がなされている。
もちろん白絵も圧巻の出来栄えで、塗る意欲をぞんぶんに掻きたててくれる。各線を太くしっかり描き、誰でもストレスなく塗ることができるよう仕上げたという。
本書の作画を担当したのは、漫画家の鈴木淳子氏。1988年、コミック雑誌の『別冊ASUKA』(角川書店)でデビュー後、連載漫画のみならず書籍の挿絵や水彩画・油絵など広く活躍。大の歌舞伎ファンでもある。近年は『ストーリーで楽しむ日本の古典 枕草子』(岩波書店)など、日本の古典文化に関係した書籍のイラストもいくつか手掛けている。
『歌舞伎絵巻ぬりえbook』は、市川染五郎氏が監修を務めており、白絵の構図は想像を排したリアリティのあるものとなっている。また、歌舞伎のかつらや衣装を扱う職人たちも監修に加わっているため、小道具の細部に至るまで本物を再現しており、歌舞伎通も納得できる内容に仕上がっている。
なお、出版社の主催で「歌舞伎絵巻ぬりえコンテスト」が実施されている(2017年6月末締切)。課題の「碁盤忠信」または「義経千本桜」を塗った自分の作品を郵送し、鈴木淳子氏と市川染五郎氏らの審査に基づき選考される。ぬり絵初心者向けのヒントとして、鈴木淳子氏のインスタグラムを参考にするとよいだろう。
昨今の「大人のぬり絵」ブームの底流には、「日頃のストレスを解消」、「脳トレ」、「認知症予防」といった、ぬり絵に取り組むことで得られる健康面の効用もある。本書は、明確には健康効果を謳っていないが、塗る作業に没頭するうちに心が静まってくるのは確かだ。
歌舞伎に親しみながら、知らないうちに心の平穏も得て、一石二鳥的なお得な気分が味わってみてはいかがだろう。
【参考図書】
『歌舞伎絵巻ぬりえbook』
(鈴木 淳子 著、 市川 染五郎 監修、価格1,512円(税込)、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
http://www.d21.co.jp/shop/isbn9784799320228
文/鈴木拓也