今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「ニュートンなんて、200 年以上も前の学者じゃねえか!」
--本田宗一郎
明治39年(1906)4月、夏目漱石は雑誌『ホトトギス』に、真っ直ぐで型破りな主人公が活躍する名作『坊っちゃん』を発表した。本田技研工業の創業者・本田宗一郎は、その半年後に生まれている。
型破りという意味では、本田宗一郎も『坊っちゃん』の主人公と同じだった。独得、強烈な個性と飽くなきチャレンジ精神で、一介の自動車修理工から身を起こし、一代で「世界のホンダ」を築き上げた。人真似を嫌い、常識の枠にとらわれず、つねに独創的で新しい技術を開発すべく格闘し、成果を上げた。
昨日紹介した漱石のことばではないが、先例がないからこそ、やってみる価値がある。本田も、そのくらいの気持ちを持って仕事に取り組んでいただろう。66歳での社長退陣の挨拶では、「新しい大きな仕事の成功の陰には、研究と努力の過程に99パーセントの失敗が積み重ねられている」とも述べている。
掲出のことばは、F1プロジェクト推進中のあるとき、ニュートン力学を引き合いに出して本田の指示を実現することの難しさを説くスタッフに向かって投げつけたもの。そこには、幾分かの負け惜しみもこもっていたかもしれないが、底辺には不可能とも思えるものを何とかしてクリアしていくのだという気魄が読み取れる。
こんな逸話もある。本田は、東京・新宿区西落合の自宅の庭づくりをするに当たって、庭木職人に自分の好きな白樺の木を植えてほしいと頼んだ。職人は、白樺は寒いところでないと育たないと渋った。そのとき本田はこう一喝した。
「やってみもしないでできないなんて言うな。庭木のプロならなんとか努力してみろ!」
その後、本田邸の庭には、見事に白樺が根づいたのだった。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。