
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)は第47回です。来週は最終回になります。なんだかあっという間で、またしばらくロスに悩まされるんでしょうね。さて、物語は、最終盤に松平定信(演・井上祐貴)と蔦重(演・横浜流星)が結託して一橋治済(演・生田斗真)を追放することになりました。その攻防の中で、一橋治済が、定信の筆跡を見破るという場面があったのが印象的でした。
編集者A(以下A):松平定信は、岩波文庫に所収されている『宇下人言(うげのひとこと)』など複数の随想などを書き遺しています。『べらぼう』第47回劇中でも蔦重の耕書堂をお忍びで訪ねて、黄表紙を何冊も購入する姿も描かれました。
I:蔦重と定信は、「出版統制」をめぐって激しく対立しました。蔦重はいくつもの作品を絶版されて、「身上半減=財産を半分没収」という罰を受けます。盟友の朋誠堂喜三二(演・尾美としのり)らは筆を折り、恋川春町(演・岡山天音)に至っては、不慮の死を遂げます。蔦重にとっては憎んでも憎み切れない相手のはずなのに……。いくら一橋治済(演・生田斗真)が悪い人間だとはいえ、蔦重と松平定信がタッグを組む展開に納得いかないという感情をお持ちの視聴者もいたかもしれません。
A:そのあたりの受け止め方は人それぞれかと思います。私は、「敵の敵は味方」という打算的な結託でも、それはそれでありかな、と思ったりしています。それにしても、劇中の松平定信は、政権に就いていた時と失脚後ではキャラ変でもしたかのような感じで、それが印象的でした。
I:人物叢書の『松平定信』(高澤憲治著/吉川弘文館)の受け売りになりますが、定信は、自身の評価を相当気にしていたようですね。せっせと随想を書き遺した理由が自身の評価を気にしてのことだとすれば、意外とかわいい人という感じもします。『べらぼう』の脚本を担当した森下佳子さんも11月26日に行なわれた合同取材会の際に松平定信について、次のように語っています。
松平定信は、『大名かたぎ』という絵のない黄表紙のようなものを書いていて、その中に出てくる大名がけっこう、好き勝手やっていて、周りの人たちはついていくしかないみたいな内容なんですね。大名にとっては耳が痛い話なんです。周りの人たちには、みんな気づいたことがあったら言ってね、俺にちゃんと言ってね、とか言いつつ、ここが気に入らないとか言われると、めっちゃ怒るんですよ。なんかね、そういうところがすごい面白い人で、その矛盾したそのぐちゃぐちゃっとしたところを描き込みたいなっていうのと、やっぱりベタなエピソードを全面的に書くより、そういうところを感じていただけるといいなと思いながら、松平定信をああいう描き方にしました。
A:ああ、松平定信の人間像を書くにあたって、ほんとうに細部にわたって調べあげたんだなというのがわかるお話です。ちなみに森下さんが例にあげた『大名かたぎ』という黄表紙もどきの作品は、松平定信が若いころに執筆したといわれる風刺小説です。Iさんも読んだ人物叢書『松平定信』によると、『金々先生栄花夢』がヒットしたことに触発されたともいわれています。冒頭の一節はこんな感じです。
武という字は、戈(=長柄の先に鎌のようにつけて敵を横にひっかけて使う武器)を止める、というのも、こじつけの理屈であって、腐儒者の見識である。
ここに、さる諸候、先祖の武功を鼻にかけて、何ごとをするにも、武士という気取りが過ぎて、「武士たるもの、『痛い』と言ったり、『寒い』などと言ったりすべきではない」などと言うが、そうはいっても、釘を踏んで、「いい気分である」とも言えまい。火傷をしても、「冷たい」とは言えまい(現代語訳は『大名かたぎ:青年藩主松平定信のユーモア・風刺小説』からの引用)。
【「写楽の正体」をどう扱うか。次ページに続きます】











