劇中劇で艶二郎を演じる北尾政演=山東京伝(演・古川雄大)。(C)NHK

ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第29回は、大河ドラマ史上でも有数のチャレンジングな回になったのではないでしょうか。

編集者A(以下A):劇中劇のことですかね。蔦重(演・横浜流星)の耕書堂を版元にして北尾政演=山東京伝(演・古川雄大)らが編み出した『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』は、専門家によって「黄表紙の最高傑作」といわれている作品です。刊行されたのは天明5年(1785)。田沼意知(演・宮沢氷魚)が江戸城内で佐野政言(演・矢本悠馬)に殺害された翌年のことになります。

I:物語は、大金持ち(原作では百万両分限者)の「仇気屋(あだきや)」の息子艶二郎が主人公。もてたくて、噂にしてほしくって、江戸の話題になりたいっていう思いを抱く20歳前後の男性です。実家が「仇気屋」とあるように「仇」を意識していたということなのでしょうか。『新編 日本古典文学全集69』(小学館)によれば、この作品は、初版以来、都合4度も再販されている人気作だったようです。なんと4度目は、明治37年に『江戸生浮気蒲焼』として刊行されたようです。このころはすでに耕書堂ではなく、大阪の別の版元からの刊行だったようです。

A:明治になって言文一致の小説『浮雲』が二葉亭四迷によって書かれたのが、明治20年(1887)。蔦重の時代からまだ100年以上も先のことです。『江戸生浮気蒲焼』が出された明治37年といえば日露戦争が勃発した年ですし、その翌年には夏目漱石が処女小説『吾輩は猫である』の連載を始めた年でもあります。

I:それほどのロングセラーとなった人気作の『江戸生艶気樺焼』ですが、劇中では、わいわいがやがやしながら、「あーでもない、こーでもない」と楽しげでした。

A:てい(演・橋本愛)にダメ出しされて、路線変更する蔦重、それに「いわれたとおりにやったのに」という京伝、実際にそうだったかのようなやり取りが面白かったですね。世の中には「朝令暮改」ならぬ「朝令即改」のような人もいたりしますし、蔦重のように臨機応変に対応したからこその「黄表紙の最高傑作」誕生ということなのでしょう。

I:とはいえ、今私たちが読んでも、正直、おもしろみがぴんとこないところもあったりします。

A:確かに当時の「江戸人」との感性の違いがありますよね。ですから、「江戸時代の人って、こういうのを面白がっていたんだ」というふうに考えたほうがいいのではないでしょうか。現代の我々の生活に照らし合わせて考えることが難しい場面などは、やはり??? となるのはやむを得ないかもしれません。

黄表紙最高傑作『江戸生艶気樺焼』の誕生。
(C)NHK

芸者に50両をあげて展開される「やらせ芝居」

「〇〇命」自慢。(C)NHK

I:劇中劇にしてくれたおかげで、『べらぼう』登場人物のダブルキャストもあいまって、話がだいぶ身近になったというか、わかりやすくなったとは思います。

A:実は、月刊誌『サライ』では、今年の2月号で、『江戸生艶気樺焼』を全頁掲載した付録をつけていました。物語は、絵も文も北尾政演(山東京伝)。絵は、当時の原寸大なので見やすくて、訳も「超訳」ということでわかりやすい。この付録を読んでいた方は劇中の展開がより面白く視聴できたと思います。

I:その号で私は別の取材を担当していましたが、『江戸生艶気樺焼』の付録の監修は、近世文学研究者の棚橋正博先生ですから、解説も充実です。キセルを咥えて寝そべる艶二郎の部屋の背景にオランダ東インド会社のマークがあることから、仇気屋は、南蛮貿易で儲けた商家だと解説されていたり、艶二郎の部屋に『伊勢物語』や『源氏物語』が本箱に収まっているなどの説明がおもしろかったですね。劇中劇は、『江戸生艶気樺焼』の内容を知っているか否かで、感じ方がぜんぜん違ってきました。

A:絵だけをみているだけで、蔦重たちがわいわいがやがや考えていた雰囲気が伝わってくるようで、ちょっとうるうるしてしまいました。解説で細かいところまでわかってくると、当時の文化的な背景まで見えてきて、勉強になります。『サライ』のバックナンバーを置いてある書店やネット書店ではまだ購入可能なようです。当時の出版文化の特集記事は、タイミング的にむしろ今が旬です。

I:それにしても、原作では、不細工という設定の主人公艶二郎ですが、劇中劇では、イケメンの北尾政寅が演じているところもツボでした。

A:艶二郎はちょっと上向きになっている鼻が特徴的で、この鼻は作者にあやかって「京伝鼻」とも呼ばれたそうです。最高におもしろいのは、劇中劇の中でその「京伝鼻」が再現されていたことです。さて、その劇中劇ですが、ほぼ『江戸生艶気樺焼』を最初から順にたどっていく感じになっていました。

I:チャレンジングな「劇中劇」が展開されたわけです。私はおもしろく見ましたが、視聴者の方々はどういうふうに受け止めたのか興味があります。ふり返ってみましょう。

A:家名を上げたいと必死だった佐野政言を、そのまま題材にするのではなく、「家名をあげたい」ではなくて「浮名をあげたい」と考える男を主人公に据えてきたというのがミソです。

I:金にあかせて女に50両も支払って、やらせ芝居をさせたりするところなど、「江戸時代の人って、こういうのがツボだったの?」という場面でした。劇中劇では、ていが演じる芸者「おえん」が、50両もの金を積まれて、艶二郎のもとにおしかけます。これは、当時の人気役者の自宅に熱狂的なファンがおしかけていたそうですから、それを真似させている場面です。自分は、芸者が熱をあげて訪ねてくるほどもてる男だということをアピールするためだけに50両で「おえん」を雇ったということです。

A:惚れた女の名を腕に彫る。しかも一度彫った女の名を灸で消して、新たな女の名を彫り直すという場面も登場しました。これは、「〇〇命」と彫ったそうですね。「〇〇命」というフレーズは、今でいう「推し活」的行動の元祖のようなものでしょう。

I:さらに、艶二郎は、瓦版・読売にネタにしてもらって記事をみんなに見てもらおうとします。おそらく当時の人々にとって、劇中劇で展開される場面のひとつひとつが「爆笑のツボ」だったと思われますので、そう考えてみると、なんだかがぜんおもしろく感じてしまうんですよね。「現代人の感覚とちょっと違う」というのがすごくツボです。

A:そんなこんなで、劇中劇では、誰袖(演・福原遥)が演じる、女郎の「浮名(うきな)」が登場します。艶二郎は、あえて浮名を指名せず、浮名の配下の新造と遊びます。一方で浮名には悪友に通ってもらい、その遊興費も自分でもつという豪遊ぶりです。「こいつ(艶二郎)は、ほんとうにバカなやつだねぇ」といいながら笑い飛ばすという感じだったのでしょうか。

I:そういうもののなにが受けたのか、時代の空気ってほんとうに変わりますね。現代でいうと、高級クラブに通う男性が、店のナンバーワンの女性を友人に担当してもらい、自分はナンバーワン女性の「ヘルプ女性と楽しむ」ということですよね。なんか悪趣味じゃないですか?

A:それをいったら身もふたもない。そもそもネタでしょうし(笑)。そして、艶二郎は、なんと女郎の「浮名」を身請けすることにします。

I:身請けをしながら、駈け落ちするというなんだかよくわからないストーリー(笑)。こういうのが江戸時代の人々には受けたんだと思うと、なんだか、それだけでほんとうにおかしくなっちゃいましたし、劇中では、ここで誰袖が笑顔を取り戻すという設定でした。

A:筆の力で、なんとかしようという蔦重の心意気ですが、今後もさらに続いていきます。歴史の転換期に人は時流にどう対処すべきなのか――。極めて「今風」の問題点を内在しながら『べらぼう』の物語は続くのです。

I:さて、一方で、「佐野世直し大明神」の幟がたくさんかかげられます。これは実際に起きた史実のようです。民衆が自発的に行なったものというふうに伝えられてきたわけですが、劇中では、「丈右衛門だった男(演・矢野聖人)」が扇動していたことからもわかるように、背後に黒幕がいて、その黒幕が糸を引いていたという設定になっています。

A:その方が、現実に近いのではないかと思っています。昨年の大河ドラマ『光る君へ』では、藤原一族の陰謀で他家が失脚していく歴史が描かれました。2022年の『鎌倉殿の13人』でも北条氏の陰謀で多くの有力御家人が次々と粛清される様子が描かれました。そうした流れでいうと、田沼派追い落としの歴史もまた「壮大なる陰謀劇」であり、『べらぼう』は、その流れを可視化したといってもいいでしょう。

I:「陰謀の日本史」に触れると、いま進行形の「政権退陣論」もついそうした視点でみたくなっちゃいますね。

世直し大明神の幟。(C)NHK

松前藩とカムチャツカ半島。次ページに続きます

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