文/鈴木拓也

写真はイメージです。

厚生労働省の最近の調査では、要介護・要支援の認定者数は約700万人。社会の高齢化を反映して、今後も伸びていくものと予測されている。

これに対応して、介護の公的サービスも拡充されているが、「はるか昔の介護はどうだったのだろうか」と、ふと考えることがある。

人が老いるのは、今も昔も変わらない。制度が整っていない時代は、さぞや大変だったろうと推察できる。

そんなことをつらつら思っていたおり、書籍『武士の介護休暇 日本は老いと介護にどう向きあってきたか』(崎井将之著/河出新書 https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631790/)が刊行され、読んでみた。なかなか興味深い内容であったので、今回は、こちらを紹介しよう。

江戸時代にもあった介護休業制度

本書は、明治時代以前の介護事情を記した意欲作。主に、江戸期の武士階級の人々に焦点を当てる。

例えば、沼津藩の藩士であった水野重教。彼は、実父の金沢八郎の介護にあたった様子を日記に書き残している。

1866年4月、江戸に出府していた八郎が、帰宅しての翌朝、体調に異変をもよおす。医師によれば中風(脳卒中の後遺症)の再発だという。

症状は一時持ち直すものの、再び悪化。年が明けてまもなく、医師は、助かるかどうか心許ないと宣告する。

このとき重教は、藩に「看病引」を願い出る。これは、公務を休んで身内の看病・介護にあたれる、藩が定めた休暇制度。この制度を活用した重教の介護生活は、1月8日に始まり、八郎が亡くなるまでの約1か月に及んだ。

著者の崎井さんは、重教が利用した、この看病引に注目。これは、沼津藩独自の呼称で、幕府をはじめ各藩に同様の制度があったという。幕府の場合は、「看病断(かんびょうことわり)」と呼び、現代でいえば介護休業にあたるものだ。本書では、制度を活用した藩士のほかの例も挙げられているが、病人が快方に向かったので5日で切り上げた人もいれば、重教のように1か月以上に及ぶ人もいた。

印象的なのは、多忙を極めた藩の重鎮で、かつ一家の柱である男性ですら、かいがいしく肉親の面倒をみていることである。これについて崎井さんは、幕府は、親孝行を遵守すべき善行の1つとして重視していたことを指摘する。善行者が増えることは、「自分たちの統治は、善行者の領民を生み出すほどに上手くいっている」という、アピールポイントとなった。その一環として、善行者のエピソードを収録した『孝義録』を刊行するほどであったという。孝行息子たちは、お上の意図を強く意識して介護に励んだわけでもなかろうが、現代とはやや趣の異なった時代背景を見ることができる。

70歳までリタイアできなかった武士たち

江戸期においては、目の不自由な人も介護の対象となった。本書でも、百姓一家の大黒柱が盲目になったのを、娘の2人がケアする姿が描かれている。当時は、目を病む人が多かったことを垣間見るが、やはり介護を受ける多数派は高齢者となる。

今は65歳以上を高齢者としているが、当時は50歳が1つの節目とみなされていた。とはいえ、幕府の法令では、武士の「老衰隠居」が認められるのは70歳。ほぼ生涯現役が求められていたといえるだろう。

実際の話、齢70を超えて働き続ける武士も多かったそうで、本人に能力・気力があれば、何歳になっても勤務できたのである。一例として、幕臣の堀直従(なおより)は、94歳まで槍奉行などの職を勤め上げたとあるくらいだ。「元気なシニア」は、なにも現代人の専売特許ではないらしい。ちなみに、隠居が認められたら、「家督相続が許されて隠居料が支給され、別途褒美が与えられる場合もあった」という。

他方、そうした制度とは無縁の庶民層においても、隠居という慣行はあった。地域によって差異はあるが、西日本の農家だと、「隠居分家」と「同居隠居」とに大別された。前者は、隠居に伴って家長は、長男に家を譲り、自身は家族を引き連れて別居する方式。後者は、長男とそのまま同居する方式であった。

町民にも隠居の考えは根付いており、比較的若くに隠居宣言して、あとは悠々自適の生活に移る人たちもいた。その理由としては、前半生で財産を築いたので、残りの人生は趣味などして優雅に暮らすといううらやましいものもあれば、力量不足の跡継ぎが、従業員から隠居を迫られるという例もあった。楽隠居を夢見て、かなわなかった人も多かったに違いない。

* * *

この記事では割愛したが、本書には、江戸時代以前の古代から中世にかけての介護の実態や姥捨てにまつわる論考などもあり、高齢者ケアの通史として随一の内容を誇っている。歴史ファンならずとも、おすすめしたい1冊だ。

【今日の教養を高める1冊】
『武士の介護休暇 日本は老いと介護にどう向きあってきたか』

崎井将之著
定価1078円
河出書房新社

※著者の崎井氏の「崎」は正しくは「たつさき」です。

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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