文/池上信次
優れたジャズマンの要件はいろいろありますが、場合によっては演奏技術より重要になってくることのひとつに「体力」があります(と思います)。
今から50年ほど前の1966年7月、サックス奏者のジョン・コルトレーンが初めての(そして結果的に最後の)来日公演を行ないました。この年は3月にモダン・ジャズ・クァルテット、5月にセロニアス・モンク、そしてデューク・エリントン・オーケストラ、11月にはエルヴィン・ジョーンズ、アート・ブレイキー、トニー・ウイリアムスによる「世紀のドラム合戦」のコンサートも行なわれており、外タレ来日ラッシュという状況でした。ちなみに、ザ・ビートルズの来日もこの年で、6月30日から7月2日の3日間、東京・日本武道館でコンサートを行ないましたが、コルトレーンの来日はその直後のことでした。
これが「体力」とどう関係するのかというと、このコルトレーンの公演スケジュールがすごいのです。これを知れば誰もが「体力」という言葉を思い浮かべることでしょう。コルトレーン一行は、7月8日夜に羽田空港到着、24日に離日していますが、この間は1日の休みもなく、日本全国全9都市で15回のコンサートと1回のジャム・セッションを行なっているのです。つまり到着日と出発日以外は、毎日1回以上のステージに立っていた、というのです。日程をまとめると……
7月8日 来日(夜・羽田空港着)
9日 記者会見と演奏(東京プリンスホテル)
10日 東京「サンケイホール」コンサート
11日 東京「サンケイホール」コンサート
12日 大阪「フェスティバルホール」コンサート
13日 広島「広島公会堂」コンサート
14日 長崎「長崎公会堂」コンサート
15日 福岡「福岡市民会館」コンサート
16日 京都「京都会館第二ホール」コンサート/大阪「松竹座」コンサート(24時より)
17日 兵庫「神戸国際会館ホール」コンサート
18日 東京「厚生年金会館大ホール」コンサート
19日 東京「厚生年金会館大ホール」コンサート
20日 大阪「フェスティバルホール」コンサート
21日 静岡「静岡市公会堂」コンサート
22日 東京「厚生年金会館大ホール」コンサート/東京「ヴィデオ・ホール」(24時よりジャム・セッション)
23日 愛知「愛知文化講堂」コンサート
24日 離日(羽田空港発)
当時は新幹線「ひかり」はありましたが、このツアーの移動は「こだま」が使われていたので東京・新大阪間の移動には4時間かかり、大阪・広島間は特急列車で4時間半かかりました。広島・福岡間、福岡・大阪間は飛行機での移動でしたが、並の人なら連日の移動だけでもヘトヘトになってしまうのではないでしょうか。にもかかわらず、コルトレーン(そしてグループ全員)は連日パワフルな演奏を繰り広げました。
15回のコンサートのうち、東京の2回は録音され、現在はCDなどで聴くことができます。いずれももともとラジオ放送のために録音されたものですが、コルトレーンは録音されていることは知らなかったそうです。つまり、「ありのまま」の記録となったわけですが、両日の演奏はいずれも120分超。2週間、長時間移動しながら毎日こんなに長く激しい演奏をしているわけですから、それを支えるために必要なのは、演奏技術以前に、まずは強靭な肉体と体力といえるでしょう。
さらに離日後は、ホノルル経由でサンフランシスコへ行き、7月26日から2週間に渡ってジャズ・クラブ「ジャズ・ワークショップ」に出演したというのですから、コルトレーン(とグループ)は日本ツアーが始まってから、1か月間ほぼ休みなく毎日演奏していたのです。コルトレーンは、つねに演奏せずにはいられなかったのでしょう。その意志を支えていたのが「体力」なのですが、しかし、この超人も病気には勝てず、来日1年後の1967年7月17日に肝臓ガンで亡くなってしまいました(享年40)。強さが寿命を伸ばしたのか、それとも縮めてしまったのか……。
参考資料:ジョン・コルトレーン『ライヴ・イン・ジャパン[完全版]』ライナーノーツ(藤岡靖洋)、『伝説のライヴ・イン・ジャパン』(小川隆夫著/シンコーミュージック・エンタテイメント)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。