「《一発勝負》のイメージがあるライヴ録音ですが、じつは必ずしもそうではなく、むしろスタジオ録音より練られているものもある理由」を第88回(https://serai.jp/hobby/1015232)で紹介しましたが、今回はその続き。そこでは(モダン・ジャズ時代の)ライヴ録音がスタジオ録音より有利な点として、「ライヴの出演は1〜2週間=(最終日に録音することで)十分なリハーサルを積める」「当日は複数ステージを録音することで、最善テイクを選べる」を挙げましたが、その考えをさらに推し進めて制作されていたアルバムもあります。
それは「1週間のステージをまるごと全部録音する」こと。たとえば[45分のステージ(レコード1枚分)×3セット]×7日などというレコーディングは、スタジオではとてもできませんよね。いや、時間とお金さえあればできるのですが、ふつうはやりません。そんなにテイクを重ねる必要はないですから。逆にいえば、「1週間全部録音」は必要以上のテイクからベストを選ぶのですから、作品作りとしては最上の方法といえましょう。この手があったのか。もちろんこちらもお金は必要ですが(スタジオとどちらが高いかはわかりませんが)、それができたレコード会社もあったのですね。これはリリースされたアルバムだけを見てもわかりませんが、のちに発表された「コンプリート・ライヴBOX」の類で発覚します。
例としてまず紹介したいのは、ジョン・コルトレーンの『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』。このLPアルバムは、1961年11月にニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでライヴ録音され、翌年2月にリリースされました。LP1枚で収録曲は3曲。クレジットには録音は2日間と明記されてますが、曲数からの印象としては「一晩のライヴ」ですね。
そして翌63年にリリースされた『インプレッションズ』には、スタジオ録音に加えて、そのヴァンガードのライヴ音源2曲が収録されました。残り音源があったのです。まあ、2日間の録音が明らかでしたから存在は当然といえば当然ですが、これが『ライヴ・アット〜』とは別の日の音源だったことはなかなか気がつかないのではないでしょうか。クレジットをよく見なければ、印象としてはここまでもまだ「ヴァンガードの一晩のライヴ」ですね。
驚くのはその後です。コルトレーンの死後、1970年代の終わりころ『ジ・アザー・ヴィレッジ・ヴァンガード・テープス』と『トレーンズ・モード(邦題:ヴィレッジ・ヴァンガードの全貌)』が相次いでリリースされたのです。いずれもなんとLPレコード2枚組の大ヴォリューム。さらに85年にはCD『フロム・ジ・オリジナル・マスター・テープス』で2曲が初発表と、大量のヴァンガード・ライヴ音源の存在が明らかになりました。まったく「一晩のライヴ」どころではなかったのです。(アルバムはいずれもインパルス)
そして1997年、決定版が登場します。それらすべてと、さらに未発表音源を加えた『コンプリート1961ヴィレッジ・ヴァンガード・レコーディングス』がリリースされたのです。これによると、コルトレーンのこのヴァンガードのライヴは4日間もライヴ・レコーディングされていたのでした。CD4枚組、全22曲が未編集で収録されています。
『コンプリート1961〜』を見ると、最初にリリースされた『ライヴ・アット〜』収録3曲のうち、「朝日のようにさわやかに」は1テイクですが、「チェイシン・ザ・トレーン」は(同じブルース「チェイシン・ザ・アナザー・トレーン」を含めて)3テイク、「スピリチュアル」は4テイク(毎日)録音されています。次のアルバム『インプレッションズ』(ここまでがコルトレーン生前に発表されたヴァンガード音源)に収録された「インプレッションズ」と「インディア」は、各3テイク録られています。アルバム収録曲をあらかじめ決めてテイクを重ねていたんですね。となると、「朝日〜」だけが1テイクのみというのが不可解。もしかしてこれは突発セッション曲だったのか?
ちなみに、LPに収録された音源はどれも編集はされていませんでした。日数、曲数、テイク数も大きな発見ですが、「未編集」が明らかになったことにも大きな意味があると思います。「ライヴ盤はありのままの姿であるべき」というのがおそらくコルトレーンと制作者の意向なのでしょう。それを前提にするならば、なおさら「数」を録ってベストを狙うということは必然的な結論だったといえます。また、長い演奏が日常だったコルトレーンですが、どのテイクもLP片面に収まる時間になっているのも、未編集での作品作りが前提にあったことをうかがわせます。(比較的短い「朝日〜」の収録は、収録可能時間からの逆算かも?それを見越しての周到すぎる穴埋め的セッションだったりして?)
このような、「(1テイクだけかと思っていたら、じつは)膨大なテイクからのセレクション」だったライヴ盤はほかにも多数存在します。「コンプリート」発表によって、コルトレーンのように「ありのまま」であることがわかる例もあれば、その逆もあります。「コンプリート」のなかには、当事者にとっては聴かれたくない音源もあったに違いありません。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。