手入れや修理をすることで、いつまでも使い続けることができる機械式腕時計。今も18世紀に確立した機構が踏襲されている。この時代にあって、日本の精緻な機械部品や組み立ての技術は、日本人の美意識と相まり内外から注目を集める逸品を生み出している。そのなかでも清々しい自然の中で、匠の技から生まれるグランドセイコー。その世界観を宿す聖地を訪ねた。

大規模な木造建築と精度を追求するクリーンルームの両立は世界でも珍しい。設計した隈研吾さん自身も「大きなチャレンジだった」と語る。

四季の移ろいを映す自然の中で匠たちが世界最高峰の腕時計を組み上げる

日本が世界に誇る腕時計、グランドセイコー。その誕生から60周年を迎えた2020年、岩手県雫石(しずくいし)に「グランドセイコースタジオ 雫石」は誕生した。機械式グランドセイコーの製造を担ってきた盛岡セイコー工業の新たな生産拠点として、組み立てや調整が行なわれるほか、展示コーナーやラウンジを設け、グランドセイコーの歴史や技術、理念を発信する。

美しい木立の中、天に向かい大きく屋根がはね上がった木造の建物は、まるで美術館のようだ。遠く名峰岩手山を望み、周囲の自然と調和した独特の設計は、世界的な建築家・隈研吾さんによるもの。

吹き抜けのエントランスに入ると、豊かな採光と微かな木の香りに包まれる。展示コーナーを抜け、中庭に面してガラス張りになった通路を進むと工房が現れた。

エントランスのホールにある展示コーナー。事前予約制で見学を受け付けている。海外からの訪問も少なくない。
展示コーナーでは、歴代のグランドセイコーをはじめ、機械式時計の仕組みや構造、部品を紹介。

外部と遮断し、時と向き合う

高い天井をもつ整然とした空間に技能士が作業に勤しむ。ガラス窓越しに高い集中力を感じるものの空気の流れまでは伝わってこない。なぜならそこは外部と遮断し、温度や湿度の空調に加え、塵や埃が立たぬよう部屋の気圧も制御されたクリーンルームだからだ。

「グランドセイコースタジオ 雫石」で行なわれているのは、機械式グランドセイコーの組み立てと調整だ。ムーブメント(駆動部分)の部品点数は多いもので300点近く。粟の粒ほどの微細なものも多い。たとえ完璧を期して部品を製造し、組み込んだとしても想定した精度が得られるとは限らない。調整とはその本来の性能を引き出すものだ。これらの工程にクリーンルームは不可欠であり、スタジオの中枢に据えられている。

最新設備に木の温もりを感じさせるクリーンルーム。技能士の前には岩手県の伝統工芸
である岩谷堂箪笥による特注の作業デスクが。

こうした最新鋭の環境で、自然との共生のもと、グランドセイコーは生まれる。そこに根ざすのが「ザ・ネイチャー・オブ・タイム」というブランド哲学だ。ネイチャーには自然に加え、本質との意味が込められている。季節の移ろいにも趣を得る日本の感性と、刻み続ける時の真髄を探求する匠の情熱こそ本質。その象徴が「グランドセイコースタジオ 雫石」である。

時計作りへの先人の思いと情熱を受け継ぐ匠の技が未来へと時を進ませる

ムーブメント本体に、時計の精度を司る心臓部ともいえる調速機を慎重に組み込む。調速機は毛髪より細いヒゲゼンマイなど、精緻な部品の集成である。手前は自動巻きのローター(回転錘)。

機械式という伝統的な時計技術を現代に受け継ぎ、そこに血を通わせるのは熟練の手作業にほかならない。伊藤勉さん(51歳)は、「グランドセイコースタジオ 雫石」でムーブメントの組立と調整のリーダーを務める。2018年に厚生労働大臣が表彰する「卓越した技能者(現代の名工)」に選定された最高峰の技能の持ち主だ。その仕事についてこう語る。

「部品を組み立て、調整する工程は、職人的な仕事でもあります。傍から見れば単純な作業であっても、製品それぞれの個体により要領はまったく異なる。バラつきをいかに穏やかに整えるか。経験を重ね、つねに技術を磨き、学び続けるという点では一生修業です」

過去から学び、未来を生む

岩手県内の白樺林に着想を得た文字盤に、精度を維持する高振動と80時間の駆動時間を両立する最新ムーブメントを搭載。SLGH005 121万円。

伊藤さんの高い経験値と技術のノウハウは、担当する組み立て以外にも活かされている。たとえばムーブメント単体で問題なく作業できても、ケースに組み込んだ状態では調整が難しくなるような、設計段階ではわからない事態が予想される場合には改良を進言する。

「実際の手の動きやジグ(※組み立てや加工に際し部品などを固定する補助工具。)を使えばいいか。さらに製品になってからが重要で、ときおりサービスセンターと連携し修理品の油切れや摩耗の状態などを確認します。実際に使われた時計ならではの経年変化から、製造工程を見直し、改善したこともあります」
 
機械式腕時計は技術は経験則でも、実生活で使用された時計から学び、研鑽することで、より完成度を高めた未来のグランドセイコーへ繋がっていく。
 
連綿と続く軌跡をさらに先へ導くためにも、次世代への技術やノウハウの継承は欠かせない。後継者は自ら学び研鑽する姿勢を養えるよう育成制度が定められ、スタジオでも実践されている。いわば“現代の徒弟制”を通して伝えられるのは技術にとどまらない時計作りへの情熱だ。それが匠の技に結実する。手にする一本のグランドセイコーには、そうした作り手の矜持が詰まっている。

伊藤勉さん。1991年に盛岡セイコー工業入社。2000年からグランドセイコーに携わる。「GS (グランドセイコー)と歩み続け、進化に合わせて自分も成長していきたい」と語る。

グランドセイコースタジオ 雫石のみで購入できるオリジナル腕時計

見学者限定の腕時計も販売。周辺の森の新緑をイメージした文字盤色に縦ストライプの模様、回転錘には「Shizukuishi Limited」のロゴを表記。SBGH339、自動巻き(キャリバー9S85)、55時間パワーリザーブ、ステンレススティールケース(径40.8mm)、レザーストラップ、10気圧防水、81万4000円。

グランドセイコースタジオ 雫石(岩手県 雫石町)

岩手県岩手郡雫石町板橋61-1 盛岡セイコー工業株式会社内
電話:019・692・5863
開場時間:9時30分〜11時30分、13時〜15時
休日:土曜、日曜、祝日 
入場料:無料
交通:JR田沢湖線雫石駅よりタクシーで約10分
●グランドセイコースタジオ 雫石の見学はホームページ https://gs-studio-shizukuishi.resv.jp/ より要予約。

※この記事は『サライ』本誌2024年6月号より転載しました。

『サライ』2024年6月号特集は『「機械式腕時計」に開眼』。

 

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