文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1181992)の続きです。前回はコンサートの司会者を紹介しましたが、モダン・ジャズの時代には専属司会者がいるジャズ・クラブもありました。もっとも有名なのは、ピー・ウィー・マーケット(Pee Wee Marquette)でしょう。ピー・ウィーは1914年生まれ、92年死去。1940年代半ばから司会の仕事を始め、49年から65年までニューヨークのジャズ・クラブ「バードランド」で司会を務めました。ジャズ・ファンならきっと一度はレコードでその声を聞いていることでしょう。


アート・ブレイキー『コンプリート・バードランドの夜 Vol.1+2』(Blue Note)
演奏:アート・ブレイキー(ドラムス)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ルー・ドナルドソン(アルト・サックス)、ホレス・シルヴァー(ピアノ)、カーリー・ラッセル(ベース)
録音:1954年2月21日
これはオリジナル10インチLPのジャケットを使用したCD。『バードランドの夜』は3種類のジャケット違いがある。

ピー・ウィーの「名演」としてよく知られるのが、アート・ブレイキーの『バードランドの夜』(Blue Note)。直後にザ・ジャズ・メッセンジャーズに発展する、ブレイキーのオールスター・クインテットの歴史的ステージを捉えたライヴ盤ですが、この冒頭アナウンスの甲高い声がピー・ウィーです。オリジナルLPでは「イントロダクション・バイ・ピー・ウィー・マーケット」がクレジットされており、CDでは「アナウンスメント・バイ・ピー・ウィー・マーケット」というタイトルで1トラックが当てられています。2曲目以降はブレイキーが曲紹介をしていますが、それと比較すれば、オープニングのピー・ウィーの声が、いかに高揚感あふれる場を作り出していたかがよく感じられると思います。ピー・ウィーはバードランドの看板でもあり、オリジナル盤(10インチLP)のジャケットでは中央に登場しています。

この好評を受けてか、ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのライヴ・アルバムではこの後もピー・ウィーのアナウンスを収録。『アット・ザ・ジャズ・コーナー・オブ・ザ・ワールド』(Blue note/1959年)では冒頭で、『ウゲツ』(Riverside/1963年)では冒頭とステージ最後の「ザ・テーマ」でその声が聞けます。いずれもバードランドでのライヴ録音です。ほかには、フリードリヒ・グルダ『アット・バードランド』(RCA/1956年)でもピー・ウィーによるメンバー紹介が収録されています。

ベーシスト、ビル・クロウが書いた自伝的エッセイ集『さよならバードランド〜あるジャズ・ミュージシャンの回想〜』(村上春樹訳/新潮文庫)には、ピー・ウィー・マーケットについて、このような紹介があります。

誰かミュージシャンが昔のバードランドの話をするとき、そこには必ず名物司会者ピー・ウィー・マーケットの名が出てくる。本名ウィリアム・クレイトン・マーケット、身長3フィート9インチ(114センチ)のこの男はいつもりゅうとした恰好をしていた。茶色のピン・ストライプのヴェストつきスーツに花柄のネクタイ、あるいはダーク・グリーンのヴェルヴェットのスーツに大きなボウ・タイ。特別な催しの折にはタキシードを着た。

ピー・ウィーの「名物」の所以はいろいろあったようで、そのあとには、店に出演するバンドのリーダーにチップを強要することや、それを拒否すると名前をわざと間違えて紹介するといったネガティヴな印象がけっこう長く綴られています。その実像はともかく、ピー・ウィーのアナウンスが、ライヴをより熱いものにしていたことは確かでしょう。多くのトップ・ジャズ・ミュージシャンが夜毎出演したバードランドで、15年も司会を務めたのですから。

そして、その特徴ある声は多くのライヴ・アルバムに残されただけでなく、ヒップホップの時代になってからはサンプリングされて、ジャズ・クラブのアイコンとしてフィーチャーされました。彼の声が聞ける楽曲は、クインシー・ジョーンズ『バック・オン・ザ・ブロック』(Qwest/1989年)収録の「ジャズ・コーナー・オブ・ザ・ワード」と「バードランド」、US3『ハンド・オン・ザ・トーチ』(Blue Note/1993年)収録の「カンタループ」があります。また、近年でもマカヤ・マクレイヴン『ディサイファリング・ザ・メッセージ』(Blue Note/2021年)の「ア・スライス・オブ・ザ・トップ」と「トランクィリティ」でサンプリングが使われています。ここまでくると、本人は意識していなかったとしても、「声」は楽曲と同等の「作品」といえるでしょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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