文/池上信次

ジャズという音楽が広まった(=残った)のは、ミュージシャンとその音楽だけでなく、その周辺の多くの人の働きがあったから。それは時代によって異なりますが、たとえば、レコードのプロデューサーやエンジニア、出版物のエディターや評論家、ライター、カメラマンなどが挙げられますが、とくにモダン・ジャズの時代であれば忘れてはならないのがラジオのディスクジョッキー(以下DJ)です。作品制作に関わった人の活動は、作品に記録が残り、優れた人はミュージシャンと同様にその功績が語り継がれています。しかし、ラジオ放送は作品として残されることは(基本的には)なく、エリアも限定されるので、ラジオDJの名前は残らなくてもそれはいたしかたないところです(表彰はありましたが)。しかし、そんななかでも語り継がれるラジオDJは何人も存在します。当時のラジオDJの影響力は、現在とは比較にならないくらい大きなものだったのでしょう。

当時の有力ラジオDJの多くは、どこにも制約を受けることなく、地域も放送局も番組も渡り歩き、自由な活動をしていました。まさに「パーソナリティ」で勝負するアーティストともいえるでしょう。当然ながらジャズ・ミュージシャンたちとの交流も深かったでしょうし、お互いシンパシーを感じていたに違いありません。ジャズ・ミュージシャンたちは、彼らの活動が「残らない」ことを意識したのかはわかりませんが、自作曲の曲名に彼らの名前を入れてその貢献と親愛の情を表しました。今回は、モダン・ジャズ時代の有名「ジャズ」ラジオDJを、そのトリビュート楽曲とともに紹介します。

もっとも知られている「ジャズ」ラジオDJ、シンフォニー・シッド

まず、もっとも知られているのはおそらく、シンフォニー・シッド(1909〜84)でしょう。本名はシッド・トーリン、ニューヨーク生まれ。なぜ「シンフォニー」と呼ばれるようになったかは諸説あるようです。1937年からブロンクスのラジオ曲でアナウンサーとして活動を始め(当時はまだDJという言葉はない)、その後さまざまなラジオ局でジャズ番組を担当し人気を博しました。49年には彼のジャズ番組が、発足したばかりの全米ラジオ・ネットワーク(ABC)で30州以上に放送され、ジャズを一般に広く知らしめることに貢献しました。同年には、ザ・グローバル・ニュース・シンジケートから「ディスクジョッキー・オブ・ザ・イヤー」が授賞されています。彼の活動の場はラジオにとどまらず、ライヴのプロデュースや、ジャズ・クラブやコンサートのMCでも活躍。チャーリー・パーカーや、マイルス・デイヴィスのライヴ盤などでその声を聞くことができます。


マイルス・デイヴィス『コンプリート・クールの誕生』(Capitol)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、マイク・ズウェリン(トロンボーン)、ジュニア・コリンズ(フレンチホルン)、ビル・バーバー(チューバ)、リー・コニッツ(アルト・サックス)ジェリー・マリガン(バリトン・サックス)、ジョン・ルイス(ピアノ)、アル・マッキボン(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)
録音:1948年9月4日(ライヴ)
この『コンプリート』版には、スタジオ録音の『クールの誕生』のほか、1948年にニューヨーク「ロイヤル・ルースト」で行われたライヴ音源が収録されていますが、そこでMCをしているのがシンフォニー・シッド。そのMCは演奏に被らない独立した2トラックになっています。

*シンフォニー・シッドのために書かれた楽曲
1)「アフター・スクール・スウィング・セッション(スウィンギング・ウィズ・シンフォニー・シッド)」バディ・フェインとルイ・ジョーダンが作詞作曲し、ルイ・ジョーダン&ヒズ・ティンパニー・ファイヴで1940年に録音された、おそらく最初のシッドへのトリビュート曲。「アフター〜」は当時シッドが出演していた番組のタイトルで、サブタイトルの「スウィンギング・ウィズ〜」はこのあとの曲名の元ネタになりました。

2)「ジャンピン・ウィズ・シンフォニー・シッド」レスター・ヤングが作曲し、1946年10月に最初の録音をしました。その後50年にジョージ・シアリング、52年にオスカー・ピーターソン、54年にディジー・ガレスピーが録音したほか、52年にはシンガーのキング・プレジャーが歌詞を付けて録音しています。ちなみにこの曲は、村上春樹の小説『1973年のピンボール』(講談社)に登場していることで(ジャズ・ファンならずとも、曲名は)とてもよく知られています。そこでは主人公が「スタン・ゲッツのソロ」を口笛で吹くのですが、その演奏は1951年ライヴ盤『スタン・ゲッツ・アット・ストーリーヴィル』(Roost)に収録されています。

3)「ウォーキン・ウィズ・シッド」アーネット・コブが作曲し、レスターの「ジャンピン」直後の1947年1月に録音しています。

4)「シンフォニー・イン・シッド」イリノイ・ジャケー作曲。これも1947年に録音されています。競って作っていたかのようですね。

5)「シッズ・アヘッド(Sid’s Ahead)」マイルス・デイヴィスが作曲し、1958年録音の『マイルストーンズ』(Columbia)に収録されているこの曲は、『マイルス・デイヴィス vol.2』(Blue Note)に収録された「ウィアード」(1954年録音)と同じ曲です。どうして改題したのか、またシンフォニー・シッドのための曲なのかは明確にされていませんが、ちょうどこのころに、シッドがしばらく拠点にしていたボストンからニューヨークに戻ったので、なにかしらマイルスと関係があったと想像します。

シンフォニー・シッドは70年代のはじめまでラジオDJとして活躍しましたが、もっとも大きな功績としては、40年代半ばから50年代に(途中数年のブランクがありましたが)、当時最先端のジャズを広く紹介したこと。これらの曲からは、当時のジャズ・ミュージシャンたちが彼の活動を高く評価していたことがうかがえます。(次回に続く)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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