マイルス・デイヴィスは今年2021年9月に、没後30周年を迎えます(1926年5月26日生まれ/1991年9月28日死去)。いまなお、「ジャズ」の代名詞のひとりであり続けるマイルスですが、そのスタイルは変化の連続でした。1940年代、チャーリー・パーカー(アルト・サックス)のもとでの修行時代のビ・バップに始まり、その対極にあるアンサンブル・ジャズ(『クールの誕生』)、ハード・バップ、モード・ジャズと変化を進め、60年代末からはエレクトリック・ジャズ、ロックとファンクの導入など、そのマイルスの変化がそのまま「ジャズの進歩」だったのです。そして1975年の大阪でのライヴ・アルバム『アガルタ』『パンゲア』を発表後、マイルスは沈黙します。その期間のマイルスをモデルにした映画が『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』ですね。

そして、5年を経た1981年、マイルスはカムバックを果たします。前置きが長くなりましたが、今回の本題はこちら。はい、2021年は「復帰40周年」の年でもあるのです。1981年にマイルスは『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』を発表し、来日公演も行ないました。当時の個人的感覚としては、復帰と来日のニュースはまさに「事件」でした。そして、マイルスはその10年後に亡くなってしまうのですが、この復帰後の10年間は、以前のマイルスとはかなり異なる「立ち位置」だったと思います。時が経つにつれて、評価軸もリアルタイムから歴史に変わり、より明確に見えてきていると思います。没後30年の節目に、あらためて考えてみたいと思います。

この「前/後」での違いはさまざまありますが、作品ではっきりしていることのひとつに、「歌伴」(歌の伴奏=ヴォーカリストとの共演)を「積極的に」やっていることが挙げられます。「歌伴マイルス」といえば、「前」には1950年代にビリー・エクスタインやサラ・ヴォーンとの共演がありますが、これは修行時代の仕事。60年代にボブ・ドローとの録音が残されていますが、これも「お仕事」でした。ヴォーカリストと管楽器奏者の共演は、たとえばビリー・ホリデイとレスター・ヤング(テナー・サックス)、サラ・ヴォーンとクリフォード・ブラウン(トランペット)、アストラッド・ジルベルトとスタン・ゲッツ(テナー・サックス)など数々ありますが、マイルスがやらなかったのは、まあ、必然的にヴォーカルが主役になるから嫌いだったんでしょうね(想像です)。「オレのトランペットは世界一のヴォーカルだ」ということなのでしょう(もちろん想像です)。

そして「後」はというと、ヴォーカリストの共演は、ラップとの共演も含めるとなんと8枚ものアルバムで聴けるのです。


シャーリー・ホーン『ユー・ウォーント・フォーゲット・ミー』(ヴァーヴ)
演奏:シャーリー・ホーン(ヴォーカル、ピアノ)、マイルス・デイヴィス(トランペット)、チャールズ・エイブルス(ベース)、スティーヴ・ウィリアムス(ドラムス)
録音:1990年8月13日(タイトル曲)
弾き語りのシャーリー・ホーンとタイトル曲の1曲で共演。昔から交流のあるシャーリーとマイルスだが、シャーリー曰く「共演までに50年かかった」。「歌伴」を超えた濃厚な存在感が漂う、マイルス屈指の名演奏。

録音順に見ると、

1)スクリッティ・ポリッティ『プロヴィジョン』(ヴァージン/1987年)
2)ズッケロ『ズッケロと仲間たち』(ポリドール/1988年)
3)チャカ・カーン『ck』(ワーナーブラザーズ/1988年)
4)ジョン・リー・フッカーほか『ザ・ホット・スタッフ/オリジナル・サウンドトラック』(アンティリーズ/1990年)
5)シャーリー・ホーン『ユー・ウォーント・フォーゲット・ミー』(ヴァーヴ/1990年)

スクリッティ・ポリッティはイギリスのロック・バンド。マイルスが『TUTU』でスクリッティ・ポリッティの曲を取り上げたのが縁か。チャカ・カーンのアルバムにはプリンスも参加していて、マイルスとの唯一の共演というオマケつき。ジョン・リー・フッカーはブルースマン。彼の歌はほとんど「唸り」ですけど。ズッケロはイタリアのロック・ヴォーカリスト。


ズッケロ『ズッケロと仲間たち』(ポリドール)
演奏:ズッケロ(ヴォーカル)、マイルス・デイヴィス(トランペット)、ほか
録音:1988年4月1日
ズッケロとスペシャル・ゲストの共演集。マイルスのほか、スティング、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、トム・ジョーンズなど「大物」の名がずらりと並ぶ。マイルスは1曲目「デューンズ・オブ・マーシー」に登場。

このほかには、ラップとの共演も3作。うち、自身のアルバムは2作あるのでした。

6)V.A.『サン・シティ』(アイランド/1985年)
7)マイルス・デイヴィス『ユーア・アンダー・アレスト』(ソニー/1985年)
8)マイルス・デイヴィス『ドゥー・バップ』(ワーナーブラザース/1991年)

これを変貌と言わずしてなんと言いましょう。全力で「歌伴」するマイルスですよ。そして、それは同時にそれまでにない「異業種交流の場」にもなりました。きっとマイルスは「歌」を媒介に世界を広げようとしていたのです。でも、じつはこれは復帰時に声高らかに「宣言」していたことなんですね。みんな忘れていませんか? 復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のタイトル・ナンバーが完全なヴォーカル曲だったことを。当時、とことん無視、黙殺されていた(んですよ)、あのトラックにこそ、その後の10年の方向性が示唆されていた(のに誰も気がつかなかった)というのは言い過ぎでしょうか。

リスト追加ですね。

0)マイルス・デイヴィス『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』[ヴォーカル:ランディ・ホーン](ソニー/1981年)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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