文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1174027)の続きです。アート・ブレイキーは1956年に「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」(以下メッセンジャーズ)を旗揚げし、90年に病気で亡くなる直前まで約35年にわたってグループの活動を続けました。メッセンジャーズはジャズ界でもっとも長寿のグループとなりましたが、他のグループとはかなり性格が異なります。それは、メンバー・チェンジがとても頻繁に行なわれていたこと。60年代半ばまでは第1期、第2期……というふうに分類することもできますが、それ以降はちょっと覚えきれないほど。アート・ブレイキーの公式ウェブ・サイトには「Jazz Messengers Alumni」(ジャズ・メッセンジャーズ卒業生)のリストが掲載されていますが、その数はなんと217人。つねにメンバー・チェンジしている感じでしょうか。

なぜこんなに多いのかというと、60年代半ばからは、メッセンジャーズは「若手の登竜門」として多くのメンバーが短期間で去来したから。それにより、メッセンジャーズでデビューし、そこで鍛えられ、力をつけると巣立っていくという「システム」が出来上がったのでした。これは(時期によっては)グループというよりも、「ブレイキーがリーダーの連続ジャム・セッション」のほうが実態に近いのかもしれません。でも、そのようにとらえられなかったのは、「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」というバンド名があったから。

メッセンジャーズは、その始動から60年代半ばまではジャズ界をリードする存在でした。しかし、ウェイン・ショーターらスター・プレイヤーの脱退やジャズの多様化もあって次第に精彩を欠き、そのスタイルは「過去のもの」になりつつありました。それが、名のある人は雇えない=若いミュージシャンの起用となり、結果的に「登竜門」となっていったのです。その後のメッセンジャーズは、ブレイキー監督率いる野球チームのよう。シーズンごとにメンバーが変わっても、チームには脈々と受け継がれてきたスタイルで勝負するという感じですが、(かつての)大人気グループの名前、看板があることが、この成功物語の大きな要因のひとつだと思うのですが、どうでしょうか。


アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『バタコーン・レディ』(Limelight)
演奏:アート・ブレイキー(ドラムス)、チャック・マンジョーネ(トランペット)、フランク・ミッチェル(テナー・サックス)、キース・ジャレット(ピアノ)、レジー・ジョンソン(ベース)
録音:1966年1月1日、9日
キース・ジャレットが参加している異色ライヴ作。6曲中3曲がチャック・マンジョーネの作曲。

さて、メッセンジャーズの卒業生リストには有名無名さまざまな名前がありますが、ちょっと意外な人もいます。まず、キース・ジャレット。66年に在籍し、ライヴ・アルバム『バタコーン・レディ』でその演奏が聴けます。録音当時キースは20歳。このアルバムがキースの初メジャー・レコーディングとなりました。ブレイキーはこう回想しています。

彼(キース)はいつも、自分のレベルに達していないからという理由で、バンドのメンバーをクビにしてくれと言ってきて、おれを困らせた。
(『ハード・バップ大学 アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの天才養成講座』アラン・ゴールドシャー著、川嶋文丸訳、ブルースインターアクションズ刊)

レコードを聴くと、キースはソロではピアノの弦を指ではじくなど、まったくメッセンジャーズらしからぬ演奏もしています。そしてこの言葉ですから、いったいどういうつもりで「入団」したのか。チャック・マンジョーネは当時の状況をこう説明しています。

キースが弦をかき鳴らすようなことをすると、いつもアート(ブレイキー)は「いいぞ、もっとばかなことをやれ!」と怒鳴って励ました。そしてキースはそれをやり続けた。
(同前)

さすがはブレイキー、懐が深い。

チック・コリアもいました(キースと同じ66年)。残っている音源はありませんが、そのころチックは、ブルー・ミッチェルやハービー・マンと共演しレコーディングもしていますので、きっとキースよりはメッセンジャーズになじんでいたのではないかと想像します。なお、チックが72年に結成したリターン・トゥ・フォーエヴァーのメンバーは、ヴォーカルのフローラ・プリムを除く全員がメッセンジャーズで演奏経験があるのは意外なところ。ジョー・ファレル(68年)、スタンリー・クラーク(72年)、アイアート・モレイラ(79年,80年)の名前がリストにあります。(在籍年は前掲書による)

でもいちばん驚くのは、これだけたくさんのメンバーが去来しても(キースのような若者たちが引っ掻き回したとしても)メッセンジャーズのスタイルはずっと変わらなかったこと。バンドというよりまさに「ハード・バップ大学」。ジャズのスタイルは時代とともにどんどん変わってきましたが、まず学ぶべき基礎は変わることはなく、その象徴が「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」という名前だったと思うのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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