チック・コリア10枚、キース・ジャレット25枚、そしてハービー・ハンコック0枚。これはなんの数かというと、それぞれがこれまでにリリースしたピアノ・トリオ・アルバムの(ざっと数えた)枚数。同じ時代に活動する(した)ジャズ・ピアノの巨匠たちの、その活動の傾向がはっきりと表れていますね。

え? ハンコックには2枚のピアノ・トリオ・アルバムがあるじゃないか、と思った方はかなりのジャズ・マニアですね。それは正しく、ハンコックには『ハービー・ハンコック・トリオ』という同名のアルバムが2枚あります。でも、それらは日本だけの発売で、アメリカでは2013年のボックス・セット『ザ・コンプリート・コロンビア・アルバム・コレクション 1972-1988』(コロンビア)で初登場。冒頭の説明には「アメリカでの」とつけるべきですが、本拠地でのリリースがなかったというのは、その2枚は特別だったと見るべきでしょう。

『ハービー・ハンコック・トリオ(’77)』(コロンビア)
演奏:ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)
録音:1977年7月13日

『ハービー・ハンコック・トリオ(’81)』(コロンビア)
演奏:同上
録音:1981年7月27日

それにしても、ハンコックが「ジャズ・ピアノの基本編成」ともいえるトリオによるアルバムを2枚しか作っていないというのは、けっこう謎ですよね。また、ピアノ・トリオ以外にもハンコックの「日本だけ」の「ジャズ・ピアノ・アルバム」は他にもあります。アコースティック・ソロ・ピアノのアルバム『デディケイション』(LP片面分/1974年)も『ザ・ピアノ』(1978年)も当初は日本だけのリリースでした。

で、妄想してみますが、その理由は、アメリカではレコード会社がハンコックを「ジャズ・ピアニスト」のカテゴリーに入れることを嫌ったから。でも日本ではアコースティック・ジャズの人気が高いので、例外として出すことができた、と。まあ、どんな理由であれ、トリオ・アルバムは2枚しかなく、どちらも素晴らしいだけに、もっと聴きたいですよね? アルバムとしては他にはありませんが、ハンコックはトリオでの演奏をいくつも残しています。掘り起こしてみました。

ロン・カーター『サード・プレーン』(マイルストーン)
演奏:ロン・カーター(ベース)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)
録音:1977年7月13日

まずは、アルバムまるごとハンコック・トリオというもの。ロン・カーターの『サード・プレーン』は、『ハービー・ハンコック・トリオ(’77)』と同日同所での録音。カーターがリーダーとはいえ、演奏に大きな違いが出るはずはありません。先ほどの妄想のきっかけは、じつはここにあるのですが、このアルバムは、アメリカでは録音後すぐにリリースされています。ロン・カーターならこれは「ど真ん中」の作品ですが、ハンコック名義では出せなかったのかも、と。

ロン・カーターでもう1枚。これも日本のみのリリースなのですが、『1+3』(ビクター)のLP片面分が同じメンバーによるトリオです。「裏」ハンコック・トリオといってはロンに失礼ですが、そういうふうに聴いてしまいますね。東京の『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』でのライヴ録音です。ちなみにもう片面は、ハンコックに代わってハンク・ジョーンズがピアノに座り、こちらは「裏」グレイト・ジャズ・トリオになっています。

ハンコックのおそらく最初のトリオ録音は、『スピーク・ライク・ア・チャイルド』の中の2曲。またこの翌年、1969年録音のロン・カーターの『アップタウン・カンヴァセイション』(アトランティック)では、2曲のハンコックのトリオ演奏が収録されています(ドラムスはビリー・コブハム)。カーターとは相性がいいのですね。

ハービー・ハンコック『スピーク・ライク・ア・チャイルド』(ブルーノート)
演奏:ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、ミッキー・ローカー(ドラムス)ほか
録音:1968年3月6日、9日
『ファースト・トリップ』『ザ・ソーサラー』がトリオ編成。そのほかは、ホーンのアンサンブルが加わる。

日本のレーベルですので、これも日本だけのリリースでしたが、ベーシスト水橋孝の『ワン・チューズデイ・イン・ニューヨーク』(日本コロムビア)には、ハンコックが全曲参加しています。77年2月22日録音。2曲がピアノ・トリオで、『カンタロープ・アイランド』もやっています。

並べてみると、ハンコックの70年代後半のアコースティック・ジャズ・ピアノの演奏は、日本だけでのリリースが多く、当時はアメリカと日本では、ハンコックのイメージが異なっていたであろうことが想像できます。同時期にハンコックが参加したアコースティック・ジャズ・アルバムは、アメリカでは『VSOPクインテット』がリリースされましたが、臨時編成のグループ名義でしたので、アメリカのレコード会社的にはやはりハンコックを「ジャズの人」にしたくなかったのかなあ。なにせ、この時期のハンコックはヴォコーダーで歌う『サンライト』『フィーツ』の人でしたから。チック・コリアとのデュエットもありましたが、それもチック、ハンコックともに「特別企画」でしたので。

まあ、でも結局大巨匠になってからもトリオ・アルバムは出ていないどころか、ますますトリオ演奏は少なくなっていますので、レコード会社の思惑はともかく、ハンコック自身、もともとトリオにこだわりはなかったということなのかもしれません。『ハービー・ハンコック・トリオ(’81)』のあと、正式に残されたトリオ編成での演奏は、1995年のペーター・ヨハネソン(ドラムス)の『シクスタス』(エマーシー)での1曲と、2007年のハンコックの『リヴァー』での『ソリチュード』1曲だけのようです。現在も現役バリバリなだけに、またトリオの演奏も聴きたいですね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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